Peanuts Kingdom 学園ヘヴン

どっちがいい?

「なぁ、ホントはわかってるんだろ」
突然、隣に座っていた啓太にそう言われた。
一瞬なんのことかわからなくて眉をひそめると、啓太は口をとがらせてシャーペンで俺のノートをとんとんとつついた。
「す・う・が・く」
「え?」
「だっておまえ、プログラミングのプロなんだろ?・・・ここのセキュリティシステム、和希が作ったんだろ?」
ここのセキュリティシステムうんぬんのところからは声をひそめる啓太に、思わず顔がほころんでしまう。
ぱっと見、誰もいないとはいえここは図書室。
うかつに秘密を話すわけにはいかないという啓太の心づかいに、胸がくすぐられる。
「たしかに啓太の言うとおりだけど・・・高校の数学なんてわかんないって」
「わかんないって・・・そんなわけないだろ?大体留学までしておいて・・・」
言い終えないうちに、俺は啓太の頭をぐいと引き寄せた。
唇をそのかわいい耳に触れるか触れないかの位置に寄せて、こそっとささやく。
「忘れちゃったんだよ」
「なっ・・・」
手を離すと同時に啓太は真っ赤になって耳をおさえつつ俺から逃げるように体を引いたけど、
それ以上に俺の言葉に驚いているらしい。
俺は笑いながら言葉を続けた。
「そりゃそうだよ。プログラミングと高校の数学の勉強とは分野が違うとこがたくさんあるからな。
そういややったっけっかな〜っておぼろげな記憶はあるけど、自信はないんだ、ぜんぜん」
「そうなのかぁ・・・」
啓太はうーん、とうなっていたけど、俺の話に納得したらしい。
再び宿題のノートへ視線を落としてしまった。
あれ?もうこの話は終わり?
少し寂しいな、と思いつつも、啓太の高校生活を邪魔するわけにはいかない。
俺は啓太に気づかれない程度に軽く吐息をつくと、自分の課題へと意識を戻した。
しかし、またすぐ啓太がこちらを向いた。
「なに?」
シャーペンをくるっとまわしつつ、たずねられる前に笑顔でこたえる。
啓太はうっ、と言葉につまった。
「え、えーっと・・・でもさ、英語はバッチリなんじゃん?どうせしゃべれるんだろ」
「英語ねぇ・・・それもまたちょーっと違うんだよな」
「なにがどう違うんだよ」
「ウチの英語ってのはもちろん話せるようになることを目的としたクラスもあるけど、
やっぱ大学進学を目標にかかげた内容が中心だろ?お受験勉強ってのは重箱のすみをつつくような問題ばっかだろ。
そういうの、俺、苦手」
そう言うと、啓太は目をまんまるくして驚いていた。
「和希にも苦手なものなんてあったんだ・・・」
「まぁ・・・な」
言ってしまってからまたちょっと後悔。
あんまりそんな素直に驚かれると、ちょっとまずかったかな、って思ってしまう。

俺がBL学園の理事長だと知ってから、啓太はことあるごとに俺と自分とを比較していた。
同級生として知り合って、友達になって、一緒にMVP戦を戦って、対等な戦友と思っていたのに、
実は理事長でした、というオチを気にしているみたいだった。
たしかに俺は理事長だし、啓太より年もちょっと上だけど、でも俺はそんなことを抜きにした俺自身を見て欲しかった。
そんな肩書きとか履歴とか関係なく、ただ啓太を好きな一人の男として見て欲しかった。
だから、情けないとことかかっこ悪いとこなんかも、啓太の前では素直に出すようにしてたんだけど。

本当のとこ、啓太は俺のこと、どう思ってるんだろう。

「なぁ、啓太・・・おまえ、俺のどんなとこが好き?」
「・・・は?」
頬杖ついて隣の啓太をじっと見つめると、みるまに啓太の顔が赤くなった。
そういうの、照れくさいのわかってるけど・・・きかずにいられない。
「啓太は、俺にどうあって欲しい?」
「どう、あって欲しいかって・・・そんなの・・・・・・和希は和希だろ」
「うん。たぶん、おまえに見せてる俺の姿すべてがまぎれもない俺自身なんだと思う。
だから、うそいつわりはないんだけど・・・たとえばさ」
俺はおもむろに啓太の手をとって、指先に軽くキスをした。
「なっ・・・」
思わず引っ込めようとする手をぎゅっと握り、今度は舌で指先を舐めてやる。
「やっ・・・ちょっ、ちょっと、か、和希っ」
「・・・たぶん、こういうことするのは俺のオトナの部分。こういうことしたら啓太がどう感じるか、
ある程度予測した上でこういうことしてる。啓太のこと好きだから」
「っ・・・和希・・・・・・」
予想どうり、啓太は耳まで真っ赤になる。
じゃあ今度はと、啓太の頭に手をおいて、ぽんぽんとなでてみた。
「和希・・・俺、そんな風にされるような子供じゃないぞ!」
心底本気でいやがってるわけじゃないだろうけど、啓太がものすごく戸惑ってるのがわかる。
「あはは、ごめん。じゃ、啓太はこんなことする俺はやっぱイヤか?」
「え・・・い、イヤ、って・・・・・・そんなわけ・・・ないだろ・・・・・・・・・」
「でも、いやがったじゃないか」
「そ、それはただ!・・・こんなとこで、恥ずかしかっただけだよ・・・っ」
啓太はそう言うとプイッと横をむいてしまった。
ああ・・・もぉ・・・かわいいなぁ・・・!
おもわず当初の目的を忘れてしまいそうになったけど、そこはぐっとこらえて俺は言葉を続けた。
「じゃあ・・・また、たとえばね?俺、この数学の問い、ぶっちゃけマジわかんないんだよね。啓太、教えてくれないか?」
「ええっ?!」
啓太はとびあがらんばかりに驚いた。
いや、なにもそこまで驚かなくても・・・・・・
「か、和希・・・それ、マジ?」
「え、えぇと・・・はは、うん、どうもわかんない。俺、この日の授業出てたか?」
「知らないよっ!えぇ〜・・・俺にわかるかなぁ・・・どれ?」
「これ」
「えーっと・・・あ〜、これかぁ。ちょっと待って、俺、そのへん、ノートにメモった記憶があるんだよね・・・・・・
って、和希、マジでわかんないのか?」
「何度もきくなよ。恥ずかしいだろ」
まじまじと見てくる啓太の視線がくすぐったくて頬をポリポリ掻いてると、啓太がくすっと笑った。
「本当みたいだな。また、和希の困ったときのクセ」
「んっ・・・う〜ん・・・・・・」
なんだか啓太、うれしそうだ・・・。
ほら、啓太がこんなだから、俺はどうしたらいいのかわからないんだよ。
俺はもっと啓太に好きになってもらいたいし、啓太好みの男になりたいって思ってる。
でも、たまに情けないとこみせすぎちゃってないかって、啓太をガッカリさせてるんじゃないかってハラハラしてしまう。
ねぇ、啓太・・・俺はどうしたらいいんだ?
「なぁ、啓太、数学はあとでもいいからさ。さっきの答え」
「んん?」
「どういう俺が好き?アダルトな俺と、情けない俺」
自分を指さしつつ少しおどけた調子でたずねると、啓太はあ、と口をあけた。
「なんだよ〜、今の、全部ウソ?」
「ウソなんかじゃないよ。この数学についてはあとでちゃんと教えてもらうし、
勉強が終わったら啓太を抱きしめるつもりだからね」
「うっ・・・か、和希!」
「なぁ、啓太。こたえてくれないか?俺・・・啓太に嫌われたくないんだ」
「和希・・・」
すがるような気持ちで啓太を見つめると、啓太は困ったような顔をした。
きっと今の俺は、情けない俺、だ。
「和希・・・おまえって、ほんとどうしようもないやつだな」
啓太はそう言ってフッ、と笑うと、ちょんっ、と俺の鼻をつついた。
「んっ?!」
不意をつかれて驚いて、おもわず鼻を手でおさえると、啓太はけらけら笑った。
「どっちも、だよ。どっちも和希自身なんだろ?数学がわかんないっていう和希も・・・俺のこと・・・抱きしめたいっていう和希も・・・
だったら、俺はどっちの和希も好きだよ。だって、和希は和希なんだもんな」
「啓太・・・」
「俺が・・・和希のこと嫌うなんて、そんなこと絶対ないから・・・」
「っ・・・」
そんなこと、そんな風に頬をあからめて恥ずかしそうに言われたら・・・俺もういいかげん理性の限界。
俺は机にむきなおると広げたノートをぱたんと閉じた。
「和希?」
「啓太、勉強はもうおしまい。というか、あとでやろ、あとで」
「あとでって・・・なんでだよ、せっかく図書室・・・」
まだなにか言おうとする啓太の口を、人差し指でそっとおさえた。
顔を間近に近づけて、今度はアダルトな俺で、啓太にささやく。
「今すぐ啓太の言葉を確かめたくなった。本当にどんな俺でも・・・好きでいてくれる?」
そう言うと、案の定啓太の顔がかぁーっと赤くなった。
「そ・・・んなこと・・・ひ、卑怯だぞっ」
「卑怯なんかじゃないよ。これも俺だよ」
「っ・・・ひ、卑怯だーっ!」

きっと、啓太には最初からかなわないんだ。
どんな風に自分を飾ったところで、啓太の前ではただの恋する男にすぎないんだ。
ならば、もうこんなことで悩むのはやめてしまおう。
そんな啓太だから、自分を飾る必要のない人だから、好きになったんじゃないか。

「ほら、おいてくぞっ!かけあし前進っ!」
「ちょ、ちょっと待てよ、和希、どこいくんだよっ!」
「え?俺の部屋でもおまえの部屋でも?それとももっと別の場所がいいなら・・・」
「こ、こらっ!いっとくけど、あの部屋だけはダメだからなっ!」
ぱたぱたと足音を鳴らしながら啓太が俺のあとを追いかけてくる。
まとめきれてない勉強道具を両手で必死でかかえて。
ただまっすぐ俺を見つめて。

啓太・・・
おまえのことを好きになって、本当によかった・・・

あの部屋=理事長室です。
クラスメートの和希と、理事長の和希、その二つの姿にとまどっている啓太に、
ちゃんと気づいている和希。
和希は大人だから、普通の学生のふりをするために多少手を抜いてるところがあるのは本当でしょう。
鈴菱財閥の御曹司が全力発揮しちゃったら誰もかないませんて。
かたや、ちょっとお調子者だったり、勉強でわからないとこだってある、普通の和希。
実はその二面性が、啓太と私を惹きつけてやまない魅力なんじゃないかと思います。
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