眠る恋人
ランチ後の授業は、まるで子守唄をきいているよう。
おなかいっぱいで幸せ気分はなぜか眠気も伴うもので。
俺も眠くて眠くて・・・必死で目を覚まそうとするのだけど、正気を保っているのは難しい。
ふと気づくとノートの文字がミミズののたくったようになっていて、まずいまずいと眠気をはらう。
黒板をみると、ミミズの部分はもう消されちゃったみたい。あー、しまった。
「ねぇ、和希、ここ、なんて書いてあっ・・・」
隣の和希にノートをみせてもらおうとそちらをみたら、なんと和希も、しっかりと目を閉じてしまっていた。
頬杖なんかついちゃって、完全居眠り体勢だ。
あちゃー、この部分はあとで他のやつにみせてもらおう。
俺は小さくため息をついて、黒板の方へ向き直った。
でも、ふと、気になって。
もう一度和希の方をみる。
和希は静かに、眠っている。
寝息は安らかで、窓から入り込んでくる暖かな風が、ときおり和希の前髪を揺らすくらいで、
なにも、彼の眠りを妨げるものはないようだった。
穏やかな寝顔。
ふせられた睫の長さに思わず見とれてしまう。
ふと、この隣にいる男が実はこの学園の理事長で、実は年上で、そして、自分の恋人であることを思い出した。
すると、急に和希が、知らない人に見えた。
規則正しく呼吸をくりかえす、一人の男。
色素の薄い髪や、なめらかそうな肌、きちんと整えられた爪、長い指先。
知ってるはずなのに、触れて、確認したくなる。
ねぇ、和希。和希は本当に、俺のこと・・・好き?
眠りにおちている恋人は、俺の手の届かないところにいるようで、触れることも許されなくて。
今度は急に、不安になる。
そうして眠っている間は、彼の中に俺の居場所なんかなくて。
夢にまでみろというのは無理なのはわかってる。だけど。
授業中の居眠りは、俺との学園生活も、理事長としての仕事も、なにもかもから開放されたがってるように見えて、切ない。
ベッドの中でのことならば、体をすりよせキスすることも許されるだろうけど。
今の彼にそれをすることは許されないから。
「っ・・・ん・・・」
ふと、和希が目を覚ました。
頬杖をといて、まぶたの重たそうな瞳を黒板の方へ向ける。
目をしばたかせて、目頭をおさえて、まだ眠そうにしながらも、現実世界に・・・俺の隣に帰ってきた。
「和希・・・」
俺はそっと隣の恋人の名を呼ぶ。
「起きた?」
そう言って笑うと、和希は照れくさそうに微笑む。
「あぁ・・・寝ちゃった」
和希の声に、俺もようやく安心する。
やっぱりこの人は和希で、俺の好きな人で、俺の恋人なんだって。
「啓太、あとでノートみせて?」
「うん、でも実は俺も、ちょっと自信ないんだ」
「そうか・・・じゃ、あとで他のやつらにみせてもらうしかないな」
「そうだな」
俺は座りなおすふりをして、和希の方へ一瞬身を寄せた。
大きく吸い込んだ空気は、和希の匂いがした。
お題 【5.安らかな寝息】
眠っている恋人は、なんだか知らない人にみえたりします。
安らかな眠りを妨げたくないと思いつつも、
眠っているときですら、自分の存在を消して欲しくない・・・
独占欲強すぎ?の啓太でした。
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