Peanuts Kingdom 学園ヘヴン

思い出に泣く君

俺の背中にまわされた細い腕。
ぎゅうっと握り締めた指からは、離すもんか!という強い意志がはっきりと伝わってくる。
全身全霊をかけて俺から離れまいとする啓太。
こんなにも強く求められているのに、俺はその気持ちにこたえることができない。
俺のためにこんなに泣いてくれる啓太に、こたえることができない。
そんな、あの情景だけは、俺は、一生わすれることができないだろう。
たとえ啓太が、その痛みを忘れてしまっていたとしても。

「ごめんな、和希」
放課後、俺の部屋で雑誌を読んでたはずの啓太が、不意に、そんなふうに謝ってきた。
なんのことかときょとんとしてしまったけど、啓太は至極真剣な表情で俺をみつめている。
「どうしたんだ?啓太」
あいかわらず元気にはねてるクセ毛をやさしくなでながらたずねると、
啓太は少し頬をあからめながら話し出した。
「俺・・・今朝起きたら、泣いちゃってたんだよ。夢、みてさ」
「ええ?それはまた・・・どんな夢見たんだよ」
夢とはいえ、啓太を悲しませるとは不届きな。
それにそんな夢をみたということは、
啓太がなにか思い悩むことがあってのことかもしれないじゃないか。
「なにか不安なことでもあるのか?それとも悲しいことでもあったか?」
「ち、違うよ。 今、そういうんじゃなくて・・・昔の夢をさ、みるようになって・・・」
「昔の夢?」
「うん。和希がカズ兄だってわかってから、よく昔の夢をみるんだ。
遊んでもらってる夢とか」
「・・・そうか」
いっときは完全に忘れてしまっていたようだったけど、徐々に思い出してくれることもあるんだな。
俺は嬉しくて自然と笑顔になってしまう。
「・・・ん?でもそれで泣くってどういうことだ?」
「うん・・・その、今朝みた夢はさ、カズ兄と別れたときの夢だったんだ」
「あ・・・」
啓太の笑顔がさびしげに曇る。
それをみて、俺の心の古傷がチクンと痛む。
「俺さぁ・・・今思うと、本当にカズ兄のこと大好きで、
カズ兄がどっかいっちゃうなんてイヤだ!って、あんなに泣いてたのに・・・
本当に、悲しかったのに・・・でも、和希と会うまで、そのこと忘れちゃってたんだよな。
和希は覚えててくれたのに・・・」
「・・・それはしかたないんじゃないか?啓太はまだ小さかったんだし」
「でも、夢をみてはっきり思い出したんだよ。俺がどれだけ悲しくて、泣いて
カズ兄を困らしていたかって。あんなに必死になって、俺、カズ兄と別れたくないって
思ってたのに・・・忘れちゃうなんてさ。我ながら薄情だと思うよ」
「そんなことはない!啓太が薄情だなんてこと、そんなことは絶対ない・・・!」
「和希・・・」
俺は椅子から立ち上がると、ぎゅうっと啓太を抱きしめた。
啓太の指が、俺のジャケットの腰の辺りを握っている。
そっと肩に置かれた頭の重みが愛しい。
「啓太がそんな風に思ってくれたなんて、それだけでもう十分だよ。
・・・いや、十分なんてものじゃない。俺は、忘れたままでもかまわないって、
啓太のそばにいられればそれでいいって思ってたから」
「和希・・・そんな和希だからこそ、俺だって、ちゃんと覚えていたいんだ。
俺にとってカズ兄がどれだけ大切な人だったか」
「・・・わかってるよ」
体を離すと自然とみつめあう形になる。
少し顔をかたむけただけで、啓太は素直に目を閉じる。
軽く唇を押し付けただけですぐ離れると、啓太の瞳がひらかれた。
「和・・・カズ、兄・・・」
「・・・そんな顔して、そんな風に呼ばれたら・・・自制がきかなくなるだろ」
啓太はふるふると首を横にふって、ぎゅっと俺にしがみついてきた。
「啓太?」
「カズ兄・・・和希、本当にごめん」
まだそんなことを言うのか?思わず苦笑い。
小さい啓太をそうしていたように、啓太の背中をやさしくぽんぽんとたたいてやる。
「ほら、もうその話はおしまい。俺はそんなこと気にしてないんだから。
啓太ももうそんな気に病むなよ」
「俺・・・本当に和希のことが好きだよ」
「・・・」
「和希がカズ兄で、またこうして会えて、また・・・大事にしてもらって。
俺・・・和希の気持ちを思うと」
「啓太」
俺に呼ばれて顔を起こした啓太の唇を強引にふさぐ。
俺がどれほど啓太のことを好きで、大切で、こんな、くるおしい気持ちになるか。
啓太はわかってない。
啓太にこうすることすらも許してもらえたという奇跡が、どれほど俺を幸福にしてるか。
「和希・・・」
啓太のひざから力が抜け、自然と二人してベッドに倒れこむ。
啓太の頬を両手で包み込んで、もう一度、口づける。
「啓太・・・もうあのことで、おまえが傷つくことはないんだ。俺は、おまえに悲しい思いを
させたいわけじゃない」
「和希・・・」
「それに、謝るなら俺のほうだ。あのとき、啓太を悲しませてしまった。
いまさら、夢にみてそんな顔をさせてしまうようなひどいことをしたのは俺だ」
それでも。
それでも啓太、俺を許してくれるか?
俺を、愛してくれるのか?
俺の背中にまわされた啓太の腕に引き寄せられるままに抱き合う。
啓太は胸がいっぱいといった様子で、うっく、なんて泣き声みたいな声をたてていたけど。
「・・・今度こそ、俺も離さないよ、和希のこと」
そんなふうに抱きしめる腕に力をいれるものだから。俺は。
「・・・愛してる」
その一言を言うのが、精一杯だった。

お題 【2.背中にまわされる腕】でした。
和希の大切な思い出を忘れてしまっていたことは、
啓太にとって、和希が大切な存在になればなるほど、
忘れてはいけないことだったと自省の念にとらわれてしまうような気がしますよ。
えぇ、もう、和希も啓太にめいっぱい愛してもらってください。
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