溺惑
こんなことって、本当にないと思う。
だって俺はもう、なにも言い返せない。
頼れる親友で、いつも一緒にいたいと思っていた人が、
じつはあの優しくて、大好きだったお兄ちゃんだったなんて。
大切な思い出が、大切な人に重なって、
和希という存在が、俺の中で大きな割合を占めていって。
胸がいっぱいで、もう、なにも言えない。
ただ、和希のことを想う以外、なにも、できない・・・
「啓太」
以前ならなんともなかった和希の俺を呼ぶ声に、
どちらかの部屋で二人きりのときなんかはとくに過敏に反応してしまう。
そんな自分が恥ずかしくて、ちょっぴり悔しい。
和希の部屋で、和希のベッドの上で、体育座りで雑誌なんか読んでたけど、
和希がこちらをむいただけで、体に緊張がはしる。
「明日のことなんだけどさ、放課後、仕事が入っちゃったから、晩ごはん、一緒に食べれないと思う」
「あ、ああ・・・そうか。しかたないよな」
ツキン、と胸が痛む・・・・・・なにを期待してるんだ。
俺、こんなバカだから、しなくてもいい期待して裏切られるんだ。
でも、まだドキドキしてる。
俺・・・まだ期待してる、のか?
・・・だって好きなんだ。
和希のこと、みていたいし、話だってしたいし、それに・・・触れて欲しい。
そばにいてほしい。
今だって、はやく和希の用事が終わってくれないかなって、そんなことばかり考えてた。
雑誌の内容なんて、ぜんぜん頭に入ってない。
ただ、はやく時が経つことを願ってて・・・だから、これは罰だ。
明日、和希が仕事に行ってしまうのは、のぼせた俺への罰なんだ。
「啓太?」
雑誌で顔をかくしてたけど、和希にはお見通しだったみたいだ。
ちら、と様子をうかがうと、和希は俺のことを心配しているようだった。
「・・・そんなにがっかりしたのか?」
「が・・・がっかりって、別に俺、そんな・・・」
やっぱり、和希には隠せない。
でも、こういうのもなんだかずるい。
いつも和希の方が余裕で・・・本当は俺より年上で、もう大人なんだからあたりまえなのかもしれないけれど。
そんな和希のことも・・・俺は好きなんだから。
くやしいやら、恥ずかしいやら、切ないやらで、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
あまりに和希に依存してしまって、みっともない。
「啓太」
いつのまにか俺の隣に和希が座り、ベッドがギシリと音をたてた。
「どうした?啓太」
「っ・・・」
優しく顔をのぞきこまれ、子供にそうするようにたずねられれば、俺はもうガマンの限界で。
雑誌を放り出すと俺はぎゅうっと和希に抱きついた。
「わ・・・啓太?」
和希の腕が俺の体にまわされ、暖かい手のひらが俺の背中を抱きしめる。
息を吸い込めば、和希の匂いがする。
頬を寄せれば、和希のぬくもりが伝わってくる。
こうしているときが・・・一番やすらげることに今、気づいた。
和希にすべてをたくして、甘えきって・・・それが一番おちつくだなんて、まるで子供だ。
「・・・ごめん、和希」
しばらくそうして落ち着いてきて、俺はようやっと和希に謝る。
「なんで謝るんだ?」
「だって・・・なんか俺、わけわかんないじゃないか」
勝手に混乱して、不安になって、こんな風に和希にすがったりして・・・みっともない。
「・・・わけわかんなくなんかないよ」
和希はそうささやくと、また、俺の背中を優しくなでる。
「啓太、なんかまた考えすぎてるだろ。本当はもっと素直なくせに、いろんなこと考えすぎて、
感情をうまくコントロールできなくなってるようにみえるよ?」
「和希・・・」
驚いた。なんでこんな和希にはお見通しなんだろう。
俺、そんなに顔に出てたかな。
「俺・・・なんか情けないよな」
「そんなことないさ。啓太は優しいからな。自分の感情より、人のことを気にしすぎなんだ」
「そう、かな・・・」
それを言うなら和希の方こそ。
和希なんか、いつだって俺のこと考えてくれてるじゃないか。
きっと昔と同じように、俺のこと子供みたく甘やかすから、
だからどんどん俺は欲張りになっていって、ワガママになっていっちゃうんだ。
こんなことしてたらきっと俺、いつか和希に嫌われてしまうかもしれない。
そんなのは、嫌だ。
「ごめん・・・」
ようやっと体を離し、むかいあってあらためて謝る。
こんな謝ったって、俺自身の問題は、俺にしか解決できないのに。
俺は、ちゃんと自分自身を変えることができるのだろうか。
でも和希は俺の頭にぽんと手を置くと、くしゃ、と俺の髪をかるくかきまぜる。
「まだ謝るのか?そんな悲しそうな顔をして。まだ考え込んでるんだろ」
「だって・・・」
俺は、和希と同等の立場でいたいんだ。
幼い子供みたく庇護されるだけの存在にはなりたくない。
和希の手を待つだけの情けないやつになりたくないんだ。
それでもどうしたって求めてしまう。
こんなことじゃいけないって思うのに、もう俺、どうしたらいいのか、わからないよ・・・
「・・・本当に啓太は困ったやつだな」
「っ・・・あ・・・」
和希の言葉に一瞬傷つきながらも、次の瞬間には和希の腕に抱きしめられていた。
和希の唇がかるく耳に触れ、ゾクリとして思わず声を出してしまう。
「啓太は怒るかもしれないけど、おまえのこと、守りたくてしかたがないんだ」
低く、ささやく和希の声。
そういわれて、嬉しくないわけがない。
俺を大事に想ってくれてるその気持ちが伝わってくるから。でも。
「それって・・・俺が頼りないから?」
「違う。俺が勝手にそう思ってるだけ。啓太はしっかりしてるよ。俺も、頼りにしてる。でも。
とことんまで甘やかしたくなる。啓太があんまりがんばるから、それをほぐしてやりたくなるんだ」
俺が、がんばってる?
それってどういうことだろう。
和希は腕の力をゆるめると、鼻先が触れるほどの距離で俺と向かい合った。
「俺に謝るってことは、俺に遠慮してるってことだろ?俺が理事長の仕事を兼任してるから遠慮してる。
でも、さびしいって思ってくれてるんだろ?」
そういう和希はなんだかとても嬉しそうな顔をしてる。
俺はなんてこたえたらいいかわからず、ただ、和希の顔をみつめた。
「さびしいとか、会いたいとか、思ってくれるの、大歓迎。口に出してくれたら、もっと嬉しいんだけどな」
「そんなの、ただのワガママじゃないか。俺は、和希の足をひっぱりたくないんだ」
「後ろ髪ならいつもひっぱられっぱなしだけど」
「和希!」
「本当のことだよ。でもあんまり啓太がつれないから、俺も我慢しなくちゃって。結構つらいんだぜ?
もっと啓太が自分のこと、本心を、素直に言ってくれればいいのにって、ずっとそう思ってた。
ね、啓太。そういうワガママを言い合えるのも、恋人同士の特権なんじゃないか?それに・・・」
和希は目を細めると、顔をかたむけ俺にちかづいてきて・・・ちゅっ、とキス、された。
「・・・啓太が俺の背中を押してくれることはあるけど、足をひっぱるなんてこと、絶対ない。
もっと自信をもてよ、啓太。啓太が俺に、どんな俺でも好きだって言ってくれたように、
俺も、どんな啓太でも愛していく自信があるよ」
「っ・・・か、和希・・・」
こんなにも優しくて、かっこよくて、俺を愛してくれる人がいる。
俺も、怖いくらいにどんどん惹かれていく。
もうとっくに溺れてしまってるんだ。この恋に。
こんなに誰かを好きになって、その人のことで頭がいっぱいになってしまうなんて、
生まれて初めての経験だから、俺は怖いんだ。
いままで俺が気づかなかった、別の俺が目覚めていく。
和希を求めてやまない、よくばりでワガママな俺が。
「・・・もう、俺、知らないぞ?せっかく、ちゃんとしようって思ってたのに、和希がそんなこと言うから・・・
もう制御できないからな」
「・・・のぞむところだよ」
もう一度、今度は恋人同士のキスをして、そのままベッドに押し倒される。
ちらっと、やりかけの仕事があるんじゃないかなって思ってしまったけど。
いつもなら照れ隠しにそう言って和希のこと突き飛ばしちゃうこともあったけど。
でも和希とこうなることをずっと待っていたから。
今はただ、和希に与えられる悦楽に身も心もゆだねてしまおう。
俺は和希の腕の中で、ゆっくり理性を手放していった。
啓太にとって和希は絶対的な存在だと思います。
親友になれるような気の合ういい奴で、啓太を心底愛してくれてて、
しかも何年もの間、啓太との思い出を大事に思い続けてくれて、
だめおしのBL学園理事長。どうあったってかなわないでしょ!
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