Peanuts Kingdom 学園ヘヴン

夏の夜恒例のアレ

「・・・というわけで、その森は立ち入り禁止になったそうですよ」
七条さんが静かに言葉を切ると、ゴクリと俊介のノドが鳴る音がきこえた。
「な、なんや・・・ちぃとも救いのない話やないか」
俊介にしては珍しく緊張しているのか、乾いた声でそうつぶやく。
それでも、七条さんの話でオカルトちっくな雰囲気になっていたのを打破するには充分で、
俺もようやっとほっと息をつくことができた。

暑い夏の夜を過ごすには怪談が一番や!なんて言い出しっぺは俊介。
空調が完備されている寮にいるのだから必要ないのに、
『七条さんの怪談を聞く会』に俺と和希まで参加させられた。
正直、怪談ってあまり得意ではないのだけど、
俊介に成瀬さん、王様に和希までいるのだから大丈夫だろうと思っていたのだけど・・・
「ねぇ、七条、その話って本当にあった話なのかい?」
成瀬さんの問いかけに、七条さんはにこりと微笑む。
「さぁ。僕もきいた話ですから。けれど、この地球上には磁場が狂ってる場所があることは
確かですし。 富士山の樹海がいい例ですよね。
僕達が普段暮らしている場所の近くにそういった場所があっても、
けして不自然ではないとは思いますよ」
「妙に科学的なとこが余計怖いわ」
七条さんの言葉に俊介がブルルと身震いしてみせる。
「そうかぁ?俺はおもしれーと思うけどな」
そう言って笑っているのは王様。さすがだ。
「おもしろいって、なに言うてんですか!
入ったら二度と出て来れない森なんかがそこら中にあったりしたら、
レースもおちおち出てられへんですよ!」
俊介は自転車のレースで森や山の中を走ることもあるのだから、
なおさら身につまされるのかもしれない。
ただでさえ危険がつきまとう競技なのに、
オカルト的な危険まで伴うとなったらやってられないだろう。
「二度と出れない、とは言ってませんよ。
ちょっと記憶がなくなって、時間を飛び越えてしまうだけです」
「充分やわ!」
七条さんと俊介のやりとりに、俺はおもわず笑ってしまう。
「啓太は大丈夫なのか?」
不意に隣の和希に声をかけられそちらを振り向くと、
なにか言いたげな和希が俺をみていた。
「なにが?」
「さっきまで青い顔してたぞ」
「えっ!」
和希に指摘されてギクリとする。
うん・・・まぁ、たしかにさっきまではかなり怖かった、んだけど。
でももう平気だ、と言おうとした瞬間、
「ハニー!怖いのかい?大丈夫だよ、僕がついててあげるからね!」
「な、成瀬さん?」
向かいから長い腕がのびてきたかと思うと、がしっと両手をつかまれてしまった。
成瀬さんの大きな手が俺の手を包み込んでいる。
ぎょっとして顔をあげると、成瀬さんの真剣なまなざしと目があった。
「もしハニーが二度と出て来れない森に入ってしまったとしても、
必ず僕がたすけだしてみせるよ!」
「あ、あの・・・はぁ・・・」
いったいどこからそういう話になってしまうんだろう。
成瀬さんはすっかり自分の世界に入り込んでしまっている。
こうなると、もう誰にも止められないというか・・・
「あの、成瀬さん?」
手をはなしてくださいって言おうとしたのに、成瀬さんの俺の手を握る力がますます強くなる。
成瀬さんはテーブルの向こうから身をのりだして、周りのことなんかみえていないようだ。
「怖いことなんてないよ。僕がちゃんとそばについててあげるからね。
そもそもハニーをそんなところに一人で行かせるなんてこと、僕はけしてしないけどね。
どんなところへでも、必ず僕も一緒に行くよ」
「え、だ、だから・・・」
「なーるーせーさん?一人で暴走するのはやめてください。啓太が困ってるじゃないですか」
和希が成瀬さんと俺の間に割ってはいって、キッ、と成瀬さんをにらみつけた。
成瀬さんは憮然とした表情を浮かべた。
「遠藤。僕が啓太を想う気持ちを、止めることはできないよ?」
「まぁまぁ成瀬。遠藤も。おまえらほんっと相変わらずだなぁ」
今度は成瀬さんと和希の間に王様が割ってはいる。
そこで俺はようやっと大きくため息をついた。
やっと放してもらった手を、さっとテーブルの下にかくして軽くこする。
成瀬さんの好意はすこしオーバーすぎて、
たまに対処しきれなくなるのが・・・困るかな。
悪い人じゃないんだけど、でも・・・
「まったく。俺だって啓太をそんな危険な場所に一人で行かせるわけがないだろ」
そんなことをひとりごちる和希に、俺は苦笑をもらしてしまう。
だって本当は、ちゃんと和希と想いを交し合ってるんだから。
怖いのはいやだけど、一緒にいてくれるなら和希がいい。

「さーて、そろそろ部屋に戻るか?結構いい時間になってきたしな。
俺はひとっぷろ浴びてーなあ!」
「王様ぁ!さっき、風呂場の窓からのぞくオバケの話、
きいてるやないですか!そんでなんで風呂に行く気になるんですかぁ!」
俊介が情けない声で抗議すると、王様は豪快に笑った。
「男しか入ってねぇ風呂場を誰がのぞくっていうんだよ!
よおーし、俊介、おまえもこいっ!」
「いややぁっ!えー、もう、カンベンしてぇな〜!」
俊介は王様にしっかり腕をつかまれ、ずるずるひきずられるようにして連れて行かれる。
哀れ、俊介。
「じゃ、俺達も行くか」
和希にうながされ俺が立ち上がりかけると、
「伊藤くん」
と七条さんに呼ばれた。
なんですか?と振り返ると、七条さんはニコリと微笑んで。
「怖くなったら、僕の部屋に来てもいいですよ」
「・・・え」
「七条さん?!」
「七条!」
成瀬さんと和希の声が同時に響き渡った。
七条さんはくすくすと笑って、
「冗談です」
なんて言ったけど、パチンとウィンクなんてしてみせるから、
どうにも信じがたいというかなんというか。

「・・・みんな俺のこと心配しすぎだよな」
和希と二人で部屋に戻る道すがら、ふとそうつぶやくと、
和希ははぁ、とため息をついてみせる。
「心配っていうかなんていうか。成瀬さんはともかく、七条さんは俺達のこと知ってるくせに
なんでああいうこと言うかなぁ」
「あはは・・・七条さんはああいう人だから、おもしろがってるだけじゃないか?」
「まったく・・・それより啓太、本当に大丈夫なのか?」
「え?なにが?」
「だから。さっきの怖い話・・・おまえ、結構怖がってただろ?」
和希はそう言ってにやりと笑う。
「うっ・・・」
図星、なんだけど・・・でもここで素直に認めてしまうのは、男の沽券にかかわる!
「ぜーんぜん!大丈夫だって言っただろ?和希も心配しすぎ!」
俺はそう言って胸をそらしてみせる。
すると和希はくすくす笑い出した。
「・・・なんだよ?」
すこし頬をふくらませて和希を軽くにらむ。
すると和希は笑みをきざんだまま、ちらりと俺を見て言った。
「素直じゃないなぁって思って」
「なっ?」
「怖かった、って言ってくれたら、じゃ、泊まりにいこうか?って言えるのにな」
「っ?!」
和希の言葉に一気に頭に血が上る。
耳まで熱くなって・・・
「な、なに言ってるんだよっ!」
「シーッ!・・・廊下で騒いだら篠宮さんが飛んでくるぞ?」
突然、頭を腕で抱かれ和希の胸に押し当てられ、耳の上でささやかれる。
急に和希をこんなに近くに感じてしまったら・・・俺、心臓ばくばくいっちゃうよ!
実際、頭にまで響くように心臓が高鳴っているのを、和希も気づいたにちがいない。
ふと、顔をのぞきこまれ、視線もあわせられない俺のこめかみに、チュッ、とキスがおとされた。
「・・・どうする?一人でも眠れるか?」
こんなこときいてくるなんて・・・本当にずるい。
俺がどうしたいのか、どうして欲しいのかなんてわかってるくせに、
俺にそんな甘ったれたことを言わせようとするなんて。
俺は精一杯の虚勢をはって、ジロリと和希をにらんだ。
「俺はへーき!和希こそ、本当は怖いんじゃないか?」
そう早口で言うと、和希は一瞬きょとんとした顔をしたけど。
「・・・バレたか」
そう言って、少し恥ずかしそうな、嬉しそうな笑みを浮かべた。

本当は、七条さんの話は本当に怖くて、
夜、寝るときに思い出しちゃったらどうしよう?なんて心配したくらいなんだけど。
おもいがけなく和希というぬくもりを手に入れることができたから、
今夜は絶対大丈夫。

・・・本当に眠ることができるのかな?なんて、すこしエッチな心配はしてしまうけど。

七条さんは夏向きな男だと思います。
彼がいれば冷房いらず。ひんやりとした快適な夏の夜をお約束します・・・ってか?
はじめて、和啓ノベルで和啓以外のキャラを書くことができました。いやー、楽しかった!
成瀬さんが気の毒でたまりませんが、ここは和啓サイトなんでほんとごめんなさい。
最後に啓太がしているのは、心配ではなくて、期待ですね。うぷぷv
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