Peanuts Kingdom 学園ヘヴン

花火大会

「えっ、本当?!」
思わず声がうわずる。
だって今、和希なんて言った?
俺の喜びが伝わったのか、電話の向こうで和希がクスクス笑うのがきこえる。
『あぁ、本当。今度の週末、花火大会があるって言ってたろ?一緒に観に行こうぜ』
和希と花火大会、しかも俺の地元まで来てくれるって!
嬉しくて嬉しくて、頬がゆるむのをとめられない。
「本当に・・・本当?和希・・・」
『啓太と花火観に行くのは久しぶりだな。楽しみだよ』
「俺も!俺も楽しみだよっ!・・・やったぁ・・・」
もう胸がドキドキしてる。
だって和希に会えるんだ。
ようやっと・・・

毎年楽しみにしていた夏休み。
でも今年は少し、物足りない。
久しぶりの実家はそれなりに居心地よく、
懐かしい友達とも再会してそこそこ遊んではいたのだけれど。
心の片隅にぽかりと開いた穴を埋めることはけしてできない。

和希・・・

夏休み中も、和希は当然仕事があって、相変わらず忙しい日々を過ごしていて。
それでも毎日のように電話はくれる。
けど、学校にいた頃のようにちょくちょく会えるわけじゃない。
電話もそりゃ嬉しいけれど、でもやっぱり和希に会いたい。
会いたい・・・和希・・・
和希への気持ちがあふれて、胸が、痛くなる。

そんな切ない日々を過ごしていた俺にとって、
和希のこの申し出はなによりも嬉しいことだった。
"久しぶりに一緒に花火をみれる" って和希は言ってたけど、
その記憶は俺にはかすかにしか残っていない。
だから今度は、一生忘れられないような和希との夏の思い出をつくるんだ。

花火大会当日、和希とは最寄の駅で待ち合わせすることになった。
予定どうりの電車に乗ってきた和希は、改札口から出てくるとすぐ俺を見つけてくれた。
「啓太!」
和希の表情から、和希も俺に会えて喜んでくれてる気持ちが伝わってきた。
と、同時に、そのままのいきおいで抱きしめられそうになって、俺はあわててそれをおさえた。
「かっ、和希・・・ここっ、俺の地元だから!」
STOP!と両手を突き出す俺に、和希は「あ、」と動きを止めた。
「ご、ごめん・・・」
思わず謝る俺に、和希はクスッと笑った。
「謝ることなんてないよ。・・・啓太に会えて、それだけで嬉しいよ」
「俺も・・・来てくれて嬉しいよ」
「うん」
やっぱり、電話ごしの会話じゃなくて、こうして顔を見あって交わす方が何倍もいい。
言葉はなくても、こうして視線だけで想いを伝えることができるから。
和希の空気を感じることができるから。

「和希、なにも食べてないんだろ。どうする?」
「そうだな。ま、屋台で適当になんか買って食べるさ。啓太は食べたのか?」
「和希が食べてこないって知ってて、俺だけ先に食べるわけないだろ。一緒に食べようぜ」
人の波をかきわけて、あちらの屋台からこちらの屋台へ。
「あっ、あんず飴だ!ね、和希」
呼び止めようとふとつかんだ腕。
そのぬくもりと感触にはっとする。
「それ食べたいのか?」
俺にひきとめられて屋台をのぞきこんだ和希は、
棚に並べられたいろとりどりの水あめのお菓子をおもしろそうに眺めている。
「買ってやろうか?」
ニコ、と微笑む顔が、遠い記憶と重なる。
「あ・・・う、うん・・・」
思わずうなずいてしまって、なんか小さい子供みたいだ。
はい、と手渡されたあんず飴を受け取るときは、恥ずかしくて顔をあげていられなかった。

あんず飴とやきそばとたこやき。
まだ湯気のたっているそれらを抱えながら、花火大会会場へと向かう道を二人並んで歩く。
「今夜、和希が来るってことを親に言ったら、
わざわざ来てくれるなら家にあがってもらえばいいのに、って言ってたよ」
「へぇ、そうか」
「どうする?俺んち、来てみる?」
「あはは、そうだなぁ。啓太のご家族にご挨拶はしておきたいところだけど、それはまた改めて、な」
「ご家族にご挨拶って・・・なんか大げさじゃないか?」
和希の言い方に含みがあるのに気づいて、ちょっとドキドキしてしまう。
恋人を親に紹介するみたいじゃないか・・・って、実際のところそうだけど。
「大げさなんかじゃないさ。俺は、ちゃんと啓太のご両親に、啓太くんを俺にください、ってお願いするつもりだよ」
「かっ・・・和希っ・・・!」
それって、それって、まるでプロポーズみたいじゃないか!
すっかり頭に血がのぼってしまって、言葉も出ない俺に、和希はパチンとウィンクなんかしてみせる。
「だから、啓太の家にお邪魔するのは、ちゃんとしてから、な」
「〜〜〜っ・・・もう・・・」
久しぶりに会ったからだろうか。
和希の言葉が、瞳が、甘すぎて、くわえてるあんず飴の甘さなんてふきとんでしまう。
でも。
ずっと一緒にいたいって思う人に、同じように思われてるなんて。
くすぐったくて、ほわほわして、顔もゆるんできてしまう。
嬉しくて、幸せで。
もし、和希も本気で俺とずっと一緒にいたいって思ってくれるのなら、
来年も、さ来年も、その先も夏がくるたびに、
こうして和希と花火を観に歩いていけるんだ。

「花火みるのに絶好のロケーションがあるんだ」
花火大会会場へ向かう道から外れて案内したのは、
俺が小さな頃に遊び場にしていた神社。
小高いところに建てられた神社の裏側がちょうど花火会場に面していて、
足場が悪いことと、樹木が邪魔になることを除けばおあつらえの観覧席だった。
「ラッキー、まだ誰も来てないや」
誰もいないことを確認して、俺はひょい、ひょいと慣れた足取りで斜面をくだった。
「和希、大丈夫?」
「平気だよ」
「このへんに座るのにちょうどいい石があるから、そこでみよう」
あとからおりてきた和希に手を差し伸ばす。
「えっ」
和希が一瞬息をのんだ。
「・・・?」
不思議そうに見上げると、和希は苦笑した。
「啓太にエスコートしてもらえるなんてな」
「えぇっ」
和希の言葉に驚いて思わずひっこめそうになった手をすかさず握られ、
和希は軽くジャンプして俺の隣に立った。
「サンキュ」
間近で微笑まれ、心臓がドキリとはねる。
それをごまかすかのように、俺は花火大会会場の方へ指さした。
「ほ、ほら、あそこが会場だよ!・・・すごいたくさん人がいるな」
「・・・本当だ。なんか屋台の明かりがつながってて・・・綺麗だな」
「あぁ・・・」
和希のいうとうり、上からみおろす祭り会場は赤やオレンジ、黄色に明るく彩られ、
花火に浮き立つ人々の心をも照らしだしているよう。
つながれたままの手の熱が、さらに俺を高揚させる。

「本当は、啓太、浴衣着てきてくれるんじゃないかって期待してたんだけど、
こんなところに来るなら難しいよな」
「えぇっ、そんなこと考えてたのかっ?」
「花火大会といったら浴衣だろ?啓太の浴衣姿、見てみたかったな〜」
「そ、そんな・・・」
「・・・冗談だよ。浴衣着たとこみてみたかったのは本当だけど、ここ、最高の場所じゃないか。
啓太の秘密の場所だったんだろ?連れてきてくれて、ありがとうな」
「・・・うん!」

ヒュー、と笛のような音が響いたあとで、ポン、ポン、と空砲が鳴った。
「あ、始まるかな」
やきそばをつつく手をとめ、木の間からみえる空を見上げる。
ドラマチックな楽曲が大音量で流れ始め、花火大会の開会をしらせた。
噴き上げ式の花火が点火され、地面がわっと白く輝いた。
「はじまった!」
再びヒューと花火が空をきって打ち上げられていく。
そして。

ドーン!!

おぉ!、と歓声がわき起こる。
地面が震えるような破裂音とともに、空一面に白い花火が咲いた。
「でかいな・・・」
「だろ?」
「こんな近くで観れるなんて思わなかったよ。すごい迫力」
「だろ、だろ!」
次々打ち上げられていく花火に照らされた和希の横顔。
一心に見つめるその瞳は、花火が映ってきらきらしている。
心を奪われたかのようなその表情に、俺は心底ほっとする。
わざわざこんなところまで来てくれたのだから、
そのかいがあったと思ってもらいたかったから。
「来てよかった?」
そうたずねると、和希は俺に振り返って目を細めた。
「ああ。啓太に会えただけでも充分だったのに、こんなすごいものまで見せてもらえて」
「和希・・・」

ああ・・・本当は、ただ会いたかっただけ。
ただ、それだけ。
花火大会なんて、会うための口実に過ぎない。
会えただけで充分・・・それは俺も同じ気持ちだと、和希に伝えたい。

そうっと背中に腕をまわされ、抱きしめられる。
駅ではできなかった、再会の抱擁。
これ以上はできないというほどに和希の香りを吸い込んで、
その首筋に顔をうずめる。
「啓太・・・」
「・・・・・・」
頭の後ろで、花火がどーん、どーんと打ちあがっている。
でもそれ以上に大切なのは和希とこうしていること。
好きな人と抱きしめあって、互いの気持ちを伝え合う。
ふと交差した和希の視線が熱っぽく潤んでいた。
俺はもうたまらない気持ちになって、自分から和希にキスをした。

「・・・終わったな」
「・・・・・・うん」

和希の腕に抱かれて見上げていた空から花火は消え、
眼下の会場も家路につく人々でざわめいていた。
「終わっちゃった」
和希によりかかっていた体を起こし、あたりを見渡す。
ゴミとか散らかって・・・ないよな。
ぽか、とまた、胸に穴が開いたような、寂しい、という気持ち。
あんまり楽しかったから、そのときが終わってしまうとその落差に一気に気持ちが沈む。
これでもう、また、和希と離ればなれになってしまうんだ・・・
楽しい時間はあっという間というけれど、残酷なほどそのとうりなんだな・・・
「啓太」
「ん?」
しょんぼりしている自分に気づいて、あわてて笑顔で和希にふりかえる。
すると、和希はぽり、と頬をかいている。
「あのさ・・・おまえ、今夜空いてるか?」
「え?今夜って?」
「だから・・・このあとのこと」
「えっと・・・うん、まぁ、大丈夫だけど・・・」
「実は俺・・・車で来たんだよね」
「えぇっ?!で、でも、だっておまえ、電車に乗ってきたじゃないか!」
「花火大会があるとこに車で来るわけにいかないだろ。だから、二個隣の駅のパーキングに置いてきた」
「っ・・・!」
驚いた。
さすが・・・といおうか、なんというか・・・俺には考えも及ばない和希の行動に、俺はすっかり驚いてしまって言葉も出ない。
「電車で夜中連れまわすわけにいかないだろ。車だったらどこにだって行ける。眠くなったら車の中で寝れるしね」
「和希って・・・実は結構夜遊び慣れしてるんじゃないか?」
「バーカ。少しでも長く啓太と一緒にいたいっていう気持ちが、こういう知恵を働かせるんだよ」
「悪知恵だろ」
「けーた?」
少しむっとしてみせる和希に、ジョーダン!と笑ってやった。
嬉しい気持ちで爆発しちゃうんじゃないかって、ふざけたことでも言わないと、おかしくなりそうだったから。
泣いたカラスがもう笑った・・・なんて、我ながら現金だと思うくらい、ただただ嬉しかった。
終わってしまったと思った楽しい時間はまだ続く。
まだ、和希と一緒にいられるんだ。
ワクワクする気持ちをおさえきれずに、和希の腕に腕をまわした。
「啓太?」
「へへっ」
和希も俺も、帰らなくちゃいけない時に、思い残すことがないように、
思い切り和希を補充しておこう。
いつもなら恥ずかしいって気持ちが先立ってうまくできないことも、
花火大会で高揚している今なら、なんでもできちゃいそうだから。
「和希、大好き」
和希の驚く顔を見上げて、俺はまた満足の笑みをもらした。

啓太視点で和希賞賛ストーリー。
実はもっといろいろエピソードを入れたかったんですが、
これ以上長くなると自分でも収拾がつかなくなりそうだったので、いつか別物語として書きますわ。
これからこの二人はどこへ行くのでしょうねv
もしお気に召しましたら拍手をポチしてくださると嬉しいですv

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