Peanuts Kingdom 学園ヘヴン

大切の重み

わかっていたつもりだった。
和希が無理してるってことは。
理事長だなんて大変な仕事をしながら、学生として授業まで受けて。
俺との時間を少しでもつくろうと、がんばってくれているってこと。
だから俺はもっと和希のことを考えてやらなくちゃいけなかったんだ。

和希が倒れたときいた俺は、石塚さんに教えてもらった場所へと急いだ。
理事長の仕事をしている最中に倒れたから、
学生寮に戻ることもできず、サーバー棟の一室に和希は寝かされているという。
『お医者さまを呼びましょうかとうかがったんですが、その必要はない、と・・・
そして、医者ではなく、伊藤くんを呼んで欲しいと、そうおっしゃるのです』
電話での石塚さんの言葉に、かぁ、と頬が熱くなる。
それと同時に、その言葉が、和希がひどく弱気になっていることをあらわしているようで、
もしかして、本当に具合が悪くて俺を呼んでいるんじゃないかって。
不安で心臓がしめつけられる。
『和希さまが伊藤くんを信頼されているのは私もよく理解しておりますから・・・
もし、今、不都合でなければ、和希さまの元へいらしていただけませんか?』
こんな俺に、石塚さんまで気をつかってくれる。
どれだけ和希が俺のことを大事にしようとしてくれて、守ってくれていたのか、
痛いほど思い知らされる。
俺にできることは和希の望むとうり、一刻も早く和希の元へと行くことだった。

「石塚さん!」
「伊藤くん!早かったですね、走ってきてくださったんですか」
そう言って石塚さんはほっとしたように微笑んだ。
「あ、あの、和希は・・・」
「こちらです。今、休んでおられますので、静かにお願いしますね」
石塚さんにうながされて彼のあとをついて歩く。
サーバー棟には限られた人間しか立ち入れないから、にぎやかな学園とは違ってシン、と静まり返っている。
いつもなら・・・和希に呼ばれて行く時は、
和希に会える、和希の笑顔がみれる、そして、和希のぬくもりを感じることができる・・・
そんな期待にあふれそうになる俺を、そっとクールダウンさせてくれる静寂だったけど。
今はまるで、病院の廊下のような冷たい空気が、俺の首筋をゾクリとさせる。

「こちらです」
いつも通される部屋とは別の、みたこともない扉の前で、石塚さんは立ち止まった。
「では私はこれで・・・」
「えっ、石塚さん?」
早々に立ち去ろうとする石塚さんを思わず呼び止めると、彼は不思議そうに首をかしげた。
「なんでしょう?」
「えっと、あの・・・俺、入っちゃってもいいんですか?」
そうたずねると、石塚さんはそんなことかといった風にかすかに微笑を浮かべた。
「そのために、お呼びしたんですよ。私は仕事があるのでこれで失礼しますが、
もしなにかありましたら、携帯に連絡してください」
「あっ、はい、わかりました」
石塚さんは俺に向かって一礼すると、足早に歩いていってしまった。
俺は扉に向き直って、さっきの石塚さんの言葉を思い出す。
『今、休んでおられますので、静かにお願いしますね』
ドアノブに手をかけると、ひんやりと冷たかった。
この扉の向こうで、和希が眠っているという。
俺はそうっと扉を開けた。

窓には薄くカーテンがひかれ、控えめな間接照明が灯されていた。
品のよい調度品が並んでいるその部屋は、普段は応接室として使われているらしい。
和希は、元はソファーとおぼしきベッドに横になっていた。
そうっとそばによると、石塚さんが言ってたとうり、すぅすぅと寝息がきこえた。
そんな和希の姿に、目の奥がジンと熱くなった。

寝不足か、貧血か、それとももっと他の理由でか。
倒れた和希の顔色はたしかにうっすら青ざめていて、
着ていた服のまま眠るだけの和希に俺はどうしてやることもできない。
こんなになるまで働いて、なのに、俺にはいつも笑顔をみせて。
・・・俺はずっと甘えていたんだ。
和希の与えてくれるものをただ享受するだけ。
俺は、和希になにもしてやれない、今も――

ぽろり、
我慢しきれなかった雫が、頬をつたった。

なんて自分は無力なのだろう。
押し殺した泣き声が、冷たい空気に溶けていく。

「・・・啓太?」

「っ・・・和希・・・」

目を覚ました和希は、まるい目で俺をみつめていた。
「どうしたんだ、啓太・・・そんな、泣いて」
せっかく眠っていたのに起こしてしまったのかと、
あらためて自分のふがいなさに怒りすらおぼえてくる。
俺はあわてて顔をこすると、今できる精一杯の笑顔をつくった。
「ううん!なんでもない!ちょっと、びっくりしちゃっただけなんだ・・・
和希が倒れたってきいて、それで、俺のこと呼んでるっていうから」
「あ、そうか・・・ごめん、啓太。驚かせちゃったな」
「そんな!そんなことはいいんだよ!俺のほうこそ・・・ごめん」
「啓太?」
「俺、ちゃんと知ってたのに、和希が忙しいってこと、知ってたのに、
和希が倒れるまで俺は気づかないふりをしてたんだ」
そう言ってるうちにまた涙がこみあげてきてしまって、最後の方の言葉は震えていた。
「もっと、俺が気遣ってやればよかったんだ。なのに俺、すっかり和希に甘えちゃってたよ。
俺がちゃんと和希のこと、みてやらなきゃいけなかったのに」
「啓太」
不意に手首をつかまれ、俺はびくっと身を震わせた。
涙目のみっともない顔を思わずあげると、和希はいつもとかわらぬ優しい微笑を浮かべて俺をみつめていた。
「ありがとう」
「・・・」
「来てくれて、ありがとう」
「っ、そんなこと、あたりまえ・・・っ」
「あたりまえなんかじゃないさ。前にもこうして倒れたことはあったけど、その時おまえはまだこの学園には来ていなかったからな」
「それ、は・・・」
「うん、しかたないことだ。だからさ、おまえが俺のそばにこうしていてくれるってことは、けしてあたりまえなんかじゃないんだ。
おまえがもし俺を選んでくれてなかったら、おまえをここに呼ぶことなんてできなかっただろう。
そして、そんな風に俺を心配して泣いてくれる啓太だからこそ、俺はおまえを好きになったんだ」
手を引かれるまま、俺は和希を、和希は俺を抱きしめた。
やさしい、触れるだけの抱擁。
和希に負担をかけたくなくて、俺はそっと和希をベッドに寝かせた。
そして、閉じた唇を重ねるだけのキスをした。

「もう一度寝ろよ、ここにいるから」
「え、でも、も・・・」
「もう大丈夫、なんて言うなよ。ぜんぜん大丈夫なんて顔してない。
石塚さんにきいたぞ、医者はいらないって」
「いや、本当、そんな大げさなことじゃないんだ。ただちょっとこのところ寝不足が続いて・・・」
「だったら。なおのこと眠らなきゃだめだろ。あ、それともなんか食べるか?
おなかすいてると眠れないだろ」
「ん〜、とくにおなかすいてるってことはないけど。どうせ食べるなら、けぃ・・・」
「だから!そんなことばっか言ってるからこうなるんだろ!俺、もうだまされないからな」
「啓太?」
そうだよ。
いつもこんな調子でせまられて、俺が恥ずかしくてなにがなんだかわけがわからなくなってるうちにいいようにころがされて。
本当は疲れてるくせに、そういうことだけ妙に元気になるんだ!
「とにかく!今はおとなしく寝る!そばについててやるから・・・」
「え〜、啓太がそばにいるのにただ眠るなんてできないよ」
「なんで」
「もったいなくて」
「だーかーらぁ!」
寝不足で顔色も悪いくせに、口だけは達者なんだから。
俺はもう実行あるのみとばかりに和希をベッドに押し込めてやった。

和希のおかげで、俺の泣き虫はどこかに吹き飛んでしまったけれど、
でもやっぱり心配。
和希は和希でそんな俺の気持ちも察してくれたのか、
それとも、俺を心配で泣かせたことを反省したのか、
ようやっとおとなしく目を閉じてくれた。

再び寝息をたてはじめた和希に、そのあまりの静かさに、
ふと、ざわざわと不安がおしよせてくるけれど。
さっきよりは少し赤みのでてきた頬に、ほっと口元がゆるむ。
血の気の引いてしまった和希の顔は、本当に病気の人のようで、
自分の大切な人のそんな姿をみたのははじめてだったから、
思い出すと今でも胸がどきどきしてくる。

笑顔でそばにいてくれる。

そのことをあたりまえだと思っていた自分が、ひどく子供っぽく感じる。
俺が和希のそばにいることは、あたりまえのことなんかじゃないって言った和希はきっと、
大切な人の存在の重みを知っているのだろう。

和希のこと、大切にするよ・・・

静かな寝息をたてる和希に、俺はそっと誓った。

実際のところ、和希はスーパーマンだと思います。
英才教育受けたからって、誰しもがエリートになれるとは限らないし。
和希は素質もある上、精神的にも肉体的にもタフなのでしょう。
そんなスーパーマンは弱音をなかなか吐かないから、
啓太はしっかり観察してないといけませんネェv
ダンナさんは奥さん次第よっ(笑)
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