Peanuts Kingdom 学園ヘヴン

木 14:00

「すみません、ちょっと、つきあっていただけますか?」
午後の授業が早めに終わり、おもいがけなく空いてしまったこの時間をどうやって過ごそうかと、
和希としゃべりながら歩いていた廊下で、俺達は七条さんにそう声をかけられた。
七条さんがなんの理由もいわず、ただ来てくれと言うなんて、もしかして・・・と横の和希を見上げると、
案の定、和希は厳しい顔をして七条さんを見つめていた。
これは・・・理事長としての顔、だ・・・。

通された会計室では西園寺さんが待ち構えていて、
早速和希をパソコンの前へと手招いた。
二人してパソコンのモニタをのぞきこんで、なにやら難しそうな会話をしている。
思わず一緒に来ちゃったけど・・・俺、なんの役にも立てないんだから、部屋に戻った方がいい、よな・・・?
「伊藤くん」
「はっ・・・はいっ?」
不意に声をかけられてあわててふりかえると、そこには微笑をたたえた七条さんが俺をみおろしていた。
「こちらでお茶でもいかがですか?ちょうど通販で手に入れた北海道のお菓子があるんですよ」
「えっ、でも・・・」
なんの用事もないのに、ただいるだけなんて申し訳ない気がする。
もじ、とためらう俺を七条さんはにこにこしてみている。
「遠慮することはありませんよ。あちらのことはあちらに任せて。僕たちは先にお茶の時間ということで」
「は、はぁ・・・」

白いカップに注がれる紅茶から、甘いバニラの香りが漂う。
「お砂糖いくついれますか?」
「え、えっと・・・じゃあ一個お願いします」
「はい、わかりました」
ぽとん、とカップに落ちた角砂糖から、しゅわしゅわと泡があがってくる。
その横に置かれたお皿には小さなチーズケーキがのっかっていた。
「うわ・・・おいしそうですね」
「えぇ。このチーズケーキは、甘いのが苦手な郁もおいしいって言ってくれたんですよ」
「へぇ・・・」
郁、と言われて、また、背後の和希たちのことを思い出す。
思わず後ろをふりかえると、やっぱりまだなにやら話しをしているようだ。
「・・・気になりますか?」
「えっ・・・はぁ、まぁ・・・だって西園寺さんも和希も仕事中なのに、俺だけこんないいのかなって」
「伊藤くんだけじゃありませんよ。僕も一緒です」
「でも、七条さんはちゃんと、その・・・役にたっているじゃないですか。俺、なんの役にもたてなくて・・・」
自分で言ってて情けなくて、シュンとした気持ちをやわらげようと、バニラの紅茶の入ったカップを手にとる。
甘い香りの湯気が瞳を直撃してしまって、少し涙ぐんでしまう。
「伊藤くんがなんの役にもたってないなんて、誰も思わないと思いますよ。とくに、彼は、ね」
七条さんはそう言って、ちら、と俺の後ろへと視線を向けた。
その視線の先に誰がいるのか、見なくてもわかっている。
でも和希は・・・和希は俺に甘いから。
客観的にみたらやっぱり俺は役立たずで、どこまでも非力な子供にちがいないだろう。
「みんな俺に甘いですよ・・・」
「そうですか?ただ、みんな君のことが好きだから、君に親切にしてあげたいと思ってるだけだと思いますよ。
事実、僕がそうですから」
「はい?」
七条さんの言葉の真意をはかりかねて首をかしげると、
七条さんはつい、とチーズケーキののったお皿を俺の方へ寄せた。
「とりあえず、食べてみませんか?おいしいですよ」
「あ、はぁ・・・」
なんかごまかされてるような気がするけど・・・目の前のチーズケーキはたしかにおいしそうで。
俺はつい、フォークを手にとってチーズケーキの端をつついた。
口にほおばると、ふわっとチーズの香りがひろがって、あっというまに溶けてなくなってしまった。
「すごい・・・これ軽いですね」
「でしょう?味はいかがですか?」
「すごくおいしいです!・・・うん、あっというまに食べ終わっちゃいそう」
「まだありますから、おかわりしても大丈夫ですよ」
「えっ、でも・・・」
「いいんですよ。君が僕の予想したとうりのおいしそうな顔をしてくれたから。
喜んでもらえたと知ることができるのは、嬉しいことですね」
「七条さん・・・」
なんだか恥ずかしくて、頬が熱くなる。
たしかに俺って結構感情が表に出やすいというか、感情表現が豊かだってよく言われるけど。
「君は周りのひとたちが君を甘やかしていると感じているようですが、その反対なんですよ。
君が僕や郁、そして遠藤くんを甘やかしてくれるんです。
一緒にいて楽しい、嬉しい、ほっとする・・・そう思えるからこそ、遠藤くんも君のそばにいるんだと思いますよ」
「和希・・・」
俺は再び後ろを振り返った。
二人はまだパソコンから離れる気配はなかったけれど、
和希は椅子に座ってカタカタとキーボードを叩いている。
脇に立っていた西園寺さんが俺に気づいて、軽く首をかしげた。
「どうした、啓太」
「えっ、あの・・・そのぅ・・・大変そうだなって思って」
「あぁ・・・いや、たいしたことはない。だろう?理事長殿」
そう呼ばれた和希はぴくっと肩をひきつらせると西園寺さんに振り返った。
「そういうふうに言われると、非常にやりづらいんですけどね」
「ほら、啓太が心配しているぞ。さっさと処理してしまえ」
「もう終わりましたよ。・・・はい、送信っと」
ぴん、と小さな電子音を合図に、和希は立ち上がってこちらにやってきた。
「なにごちそうになってるんだ?」
ひょい、と肩越しにのぞきこんでくる。
さっきまでパソコンに向かっていた厳しい表情は消えうせ、いつもの和希だ。
俺のかわりに七条さんがこたえる。
「北海道のチーズケーキですよ。遠藤くんもいかがですか?」
「へぇ・・・啓太、一口ちょうだい」
「へ?あぁ、うん」
和希に請われるまま、チーズケーキをひとかけらフォークにとると、はい、と斜め後ろの和希に差し出した。
和希はぱくんと口にいれると、「おいしい」と言って笑顔になった。
・・・あれ?なんか、これって・・・
「うーん・・・」
なにやら苦しそうにうめいたのは七条さん。
するとソファに腰を下ろした西園寺さんがふぅ、とため息をついた。
「臣、いまさらだ。あきらめろ」
「えぇ、まぁ、そうなんですけどね。でも・・・妬けますね」
「お。妬いてくれるんですか?でもこれは俺だけの特権ってことで」
和希はそう言って俺の手をとると、器用にチーズケーキをすくって再び自分の口へと持っていった。
「うまい!」
「遠藤・・・食べるなら、啓太に甘えてないで自分の皿から自分のフォークで食べろ」
西園寺さん・・・俺に甘えてないでって・・・って、えぇっ?!
ここまでなんのことだかわからなくてなすがままになっていた俺だったけど、
西園寺さんの言葉でようやっと我にかえった。
「ちょっ・・・か、和希!」
赤面して和希から離れようと身をよじる俺に、七条さんのダメ押しの一言がふってくる。
「ね?甘えてるのは遠藤くんの方だったでしょう?」
そんなことを言われてもにこにこしている和希。
その笑顔に、俺はもうなにも言えなくて。
湯気が出てるんじゃないかってほど熱くなってしまった顔をうつむかせることしかできなかった。

啓太は究極のおひとよしなので(笑)無意識に周囲を甘やかしちゃってるのでしょう♪
和希が理事長であることを隠さず、ありのままでいられる会計部の二人は
貧乏クジを引いてしまったような感じですね(苦笑)
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