Peanuts Kingdom 学園ヘヴン

それが、恋に目覚めた瞬間だった

放課後の会計室に、すっかり常連となっている和希の姿があった。
西園寺から受け取った書類データを眺めつつ、七条の入れた紅茶を飲んでいる。
おそらく、この優秀な若き指導者は、そうはみえなくても、書類の内容は頭に入っているのだろう。一応は。
しかし、西園寺がおもわず眉をひそめてしまうほど、このところの和希の憔悴っぷりは顕著であった。
「理由はあきらかなんですけどね・・・とはいえ、こういった問題は本人が解決するしかありませんからね」
少し離れた場所でそんなことをふとつぶやく七条に、西園寺も同感だとため息をつく。
「恋わずらい、か・・・しかもやっかいな相手にいれあげたものだ」

和希の恋の相手は、いわずとしれた伊藤啓太。
学園MVPに輝いた、ちょっとした有名人である。
それだけでなく、和希が特別な想いを抱いてしまうのも無理はないほどの魅力的な少年なものだから、
彼をとりまく人々の間には、和希にとってライバルとなるものも多い。
そしてこれまた啓太も、そんな彼らを邪険にするわけでもなく、時に和希が助け舟を出してやらねばならぬほどの
「身の危険」にさらされても、人あたりのよい「いい子」であり続けるものだから、ファンは増える一方なのだ。
好意をよせてくる相手が同性である男であることに、嫌悪感や恐怖感を感じたりはしないのかと、
和希は何度も啓太にたずねた。しかし。
「悪気があるわけじゃないし、第一俺にその気はないんだから。うまくやれるよ、大丈夫」
と、なんの根拠もない、はてしなく前向きな返事を繰り返すばかりなのだった。
和希としては、その気はない、という啓太の言葉にも深く傷ついていたし、
簡単に大丈夫と言ってのける楽観的な啓太を案じずにはいられない。
男からの好意を忌み嫌わないでいてくれるのは嬉しいが、
それは自分が向ける好意にのみであって欲しいと願うのは、恋する者としては当然のことである。

「僕だったら、やっぱり自分だけを特別に意識してもらいたいと思いますけどね」
仕事の合間の一休み、七条が用意したせんべいを三人でかじる。
「・・・というか、なんでせんべいなんだ」
緑茶をすすりながら憮然とした表情で西園寺がにらむ。
しかし七条はまったく動じず、フフ、と笑った。
「それは、郁が甘いものが苦手だっていうからですよ。たまには緑茶もいいでしょう。
・・・うん。意外性って、大事なんじゃないでしょうか?」
和希はなにも言わないのに、いつのまにか恋愛相談になってしまっている。
内心おかしくおもいつつも、二人が自分のことを心配してくれていることがわかるから、
和希も黙って微笑んでいる。
「意外性?」
「えぇ。だって、いつも二人は一緒にいるでしょう?一緒にいることがあたりまえすぎて、
それ以上の発展は友人としては望めないでしょう」
「それが普通だろうな」
自分と七条の関係を振り返ってみて、西園寺はあらためてウン、とうなずいた。
「でも、遠藤くんはそれ以上のことを望んでいる。となると、あたりまえのことをしてるだけでは、
一向に前にはすすめないと思うんです。なにか、伊藤くんをドキリとさせるような、意外なことをしないと」
「ドキリとさせるようなこと?」
「遠藤くんは、伊藤くんに恋愛対象として意識して欲しいわけですよね。
だったら、伊藤くんが意識せざるをえないようなことをしてみてはいかがでしょう?」
「だが臣、啓太はすでに、周りの輩からそういったアプローチを受けまくっているんだぞ」
「えぇ、だから他のみなと同じでは意味がありません」
そこまで話をきいて、和希は、はぁ、とため息をついた。
「そこなんだよ。俺としてはそれなりにモーションかけてるつもりでも、
啓太はまったくそうとはとってくれないんだよな。いつも冗談として受け流されてしまうんだ」
焦れば焦るほど、啓太がどんどん遠くなっていくような気がする・・・和希の悩みはそこにあった。
自分がもたもたしている間に、どこからか飛んで来たトンビがさらっていってしまうこともあるかもしれない。
そんなことになってしまう前に、なんとか啓太の気持ちを自分に向けさせたいのだが、相手はなかなか手ごわい。
「他のやつらに啓太がどんどん鍛えられちゃってる感じがするんだよな。
もうちょっとやそっとのことじゃ、動じなくなってきちゃってるよ」
ライバルにさらわれる危険性は低くなりつつあるのかもしれないが、それは自分にとっても同じことなのだ。
「ちょっとやそっとのことでは動じないのであれば、それ以上のことをするしかありませんね」
七条の静かだが凛とした声に、和希は顔をあげた。
「それ以上のこと?」
「えぇ。絶対伊藤くんが動じてしまうようなことを」
「・・・臣?」
西園寺の表情が "いやな予感" を感じ取ったときのものになっている。
「今、僕が思いついたこと、なんですけどね・・・どうします?」
七条の不思議な色をたたえた瞳にじっとみつめられ、和希はおもわずゴクリと唾を飲み込んだ。

和希が啓太に、とある相談をもちかけたのは、会計室での密談数日後のことであった。

「好きな人がいるので、想いを伝えるのを手伝って欲しい」

和希からそう告げられた啓太は、その瞬間、ガン、と鈍器で後頭部を殴られたかのようなショックを受けた。
なぜ、そんなショックを受けたのはかわからなかった。
しかし、いつも一緒にいた親友に、いつのまにそんな人がいただなんてまったく知らなかったし、
急に和希が、遠い存在に感じてしまって・・・

明らかに驚いている様子の啓太に、和希は内心ほっとしていた。
ここでまたいつもの調子であっけらかんとされたら、たまらない。
きっと立ち直れなかっただろう。

「そ・・・そんなこと、いままで一言も言わなかったじゃないか。びっくりしたよ!」
「悪い。でもまぁ・・・このままでもいいかなって思ってたんだけど、でもやっぱりって、思い直したんだ」
「なんで?」
「なんで、って・・・やっぱり、俺がその人のことを特別に想ってるように、
その人にも俺のことに気づいて欲しいから、かな」
「和希・・・」

誠実な和希の言葉に、啓太はさらにショックを受けてしまう。
こんな風に真剣に誰かを好きになっていただなんて・・・
いつも一緒に笑っていた和希が、自分の知らないところでこんな想いを抱えていただなんて。

「・・・いつからその人のことを?」
「いつから、って・・・ええっと・・・まぁ、いつのまにか、ってやつかな」
「ふぅん・・・」

ぶっちゃけてしまえば、10年も昔から、和希は啓太のことを大切に想い続けてきたわけだけれども。
和希はポリポリと頬をかいて言葉を濁した。

「・・・で、どんな子なんだ?」
「あー・・・えっと、実は・・・・・・この学園にいる人、なんだけど・・・」
「えええええーっ?!」
和希の衝撃の告白に、啓太は三たびショックを受けてしまった。
「この学園にいる人ってことは、相手、男?!」
「・・・・・・」
あまりにいい反応をしてくれるものだから、和希はただもう苦笑うしかない。
啓太といえば、もう頭の中がぐるぐるまわってしまって、すっかりパニック状態。
和希が誰を好きになろうと、それはかまわない。
けれどそれが男で、この学園の人間となると、きっと自分も会ったことのある人であって・・・
だとしたらどうしていままで自分は気がつかなかったんだろう。
いままで交流のあった人の顔を思い浮かべては、こいつか?こいつかと思考をめぐらせる。
「い、いったい・・・誰なんだよ」
おもわず漏れた啓太の言葉に、和希は小さく下唇を噛んだ。

七条からこの作戦を提案されたとき、啓太をだますことになるのではないかと最初乗り気でなかったのだが、
啓太に和希の恋心を意識させるためには効果的であろうこと、そしてだますことにはならないと説得された。
たしかに嘘はついていない。
ただ、誰が本命なのかを、まだ言っていないだけで。

「こんな俺は・・・いやか?」
驚きの連続で言葉を失っている啓太に、和希はそっとたずねる。
「えっ?」
「男を好きになっちゃうなんて・・・気持ち悪いって思うか?」
「い、・・・や・・・・・・?」
啓太は小さく首を横に振った。
だって、そういうことはいまさらだ。
いままで自分がその標的にされ続けていたのだから。
最初は理解不能であったけれど、好意を寄せられるのは悪い気はしないし、
親切にしてもらえるし、大切にしてもらえるし、楽しくやってこれた。
無理強いさえされなければ、嫌な思いをすることもなかった。
それに和希なら・・・

和希に想いを寄せられるのは悪くないと、啓太は思うのだ。
控えめだけど、芯はしっかりしてて、明るくて楽しくて、いい奴。
一緒にいて居心地がいいと感じられるのは、和希だけだから。
それに、あらためて見てみれば、男の目からしてみてもいい男だと思う。
そんな和希になら、好きだといわれて悪い気はしないと思うのだ。

「驚いたけど・・・和希になら好きだって言われても、気持ち悪いなんて思わないよ。
・・・和希の気持ち、相手に伝わるといいな」

そう言って笑う啓太の瞳に、和希は絶句した。
自分を見つめる目元が、ほんのり赤くなっている。
驚きの連続で、思わず浮かんでしまった涙かもしれない。
でもそれ以上に、和希にとって啓太の言葉は十分以上のものであった。

「啓太・・・」

和希の腕が啓太の体にまわった。
「っ?」
ぎゅ、と突然抱きしめられて、啓太はビクッと体を震わせた。
「和希?」
とまどう啓太の声に、和希の腕にさらに力がこめられる。
まるですがるような和希に、啓太はどうしたらいいのかわからなかった。
「和希・・・どうしたんだよ」
熱い・・・和希の体。だけど。
こんな風に抱きしめられていても、和希の心は別のところにある。
こんなに近くにいても、和希はもう・・・別の誰かに心を奪われているのだ。
和希のことが・・・好きだ。あらためて啓太はそう思う。
たとえ和希が誰を好きであっても、自分の和希への気持ちは変わらない・・・
そのことはちゃんと伝わったのだということは嬉しかった。
けれど・・・心は空虚で。
なにかを失ってしまったかのように、ぽっかりと穴があいてしまったかのような気持ちとは
こういうものなのだということを、啓太はぼんやりと思っていた。
抱きしめられるがままに、啓太は和希の腕の中に身をあずけていた。
今、自分にできることはそれだけならば、精一杯こたえてやりたい・・・大切な、友達だから。

「啓太・・・」
「ん・・・?」

啓太を抱きしめる腕に、一段と力がこめられた。

「俺は・・・・・・啓太のことが、好きだ」
「・・・・・・」

ドクン、と一際高鳴った鼓動はどちらのものだったのだろうか。

「俺が好きなのは、啓太・・・おまえなんだ」
「・・・・・・っ」

思わず何かを言いかけたけれど、かすれた声しか出ない。
ただ、自分を抱きしめる和希の腕が熱くて。
呼吸すらうまくできない。
和希の言葉を頭の中で何度も反芻して、本当に?本当に?本当に?
壊れたレコードのように、思考が先に進まない。

やがて、ゆっくりと和希の体が離れた。
目の前の和希は、前髪でかくれて顔がよくみえない。
二人の間の不自然な空間が、苦しい。

「あの・・・」

こうして、好意を寄せられることに、もう慣れっこになっていたはずだった。

「あの・・・・・・」

けれどどうしてだろう。
全身の血が逆流しているような感覚。
熱くて、苦しくて、胸が、痛いほど鼓動を打って。
この目の前にうなだれている和希が好きな相手というは、自分・・・?
そう、思った瞬間、啓太の顔が、ぼっと赤く染まった。

「和希・・・」

啓太はそっと、和希の顔をのぞきこんだ。
パチッ、と合った視線に、また胸がドキンと鳴った。
こんな表情で俺をみていたなんて――・・・気づかなかった自分のうかつさを情けないと思う。

もっと、近づきたい。
もっと、見つめたい。

いつのまにか縮まってしまった距離に気づいたのは、和希の視線が、ふと、啓太の口元におりたとき。
あ、と思った次の瞬間には、和希のやわらかな唇が、啓太の唇に重なっていた。

* * * 

「――で、無事うまくいったというわけか」
口調は憮然としたものであったが、口元に浮かぶ微笑から西園寺が心から喜んでいる様子がうかがえる。
向かいに座っている和希は、嬉し恥ずかしいといった苦笑を浮かべている。
お茶受けのクッキーをテーブルに出しつつ、七条も満足げに微笑む。
「僕の作戦、大成功でしたね」
「あぁ、まったく。こんなことまで七条さんたちの世話になるとは思いませんでしたけど」
和希は紅茶を一口コクリと飲んで、ふぅ、と息をついた。
「七条さんが、俺のライバルでなくてよかったですよ」
「おや?いつ・・・そうではない、と言いましたか?」
七条の言葉に、和希と西園寺がぎょっとする。
「敵に塩を贈るような真似をしてしまいましたが・・・あえてそこから奪うというのも、
なかなか燃えると思いませんか?」
「臣」
それが七条流の祝福のジョークであることに気づいた西園寺は、あきれたような視線で七条を制した。
「・・・で。おまえが理事長であることはもう伝えたのか?」
「いや、まだ・・・そこまでの余裕はありませんでしたよ」
「・・・といいますと?」
七条のつっこみに、ほんのり和希の頬がピンクに染まる。
ハハ・・・と乾いた笑いを浮かべつつ、ポリポリと頬をかいているところをみると。
「おや」
「・・・・・・手の早いやつだな」
ことの次第を察した二人があきれたようなため息をつくと、和希は「いやぁ・・・」と照れ笑いを浮かべた。

和希→啓太への告白、というテーマで書いてみました。リキ入りすぎて少し長め。
キス5題より、「【02】 見つめ合って」が元のお題になっております。
両想いになった二人の見つめ合ってキス、というより、
想いを通わせた二人が初めて見つめ合って・・・KISS!の方が初々しくて可愛くないですか?!
和希を急に意識していく啓太の心の機微をうまくかけたかどうかわかりませんが・・・
書いてる本人は非常に楽しかったです♪
告白から一気に最後までコトをすすめちゃうのは、和希のデフォルト設定ってことで!
もしお気に召しましたら拍手をポチしてくださると嬉しいですv

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