Peanuts Kingdom 学園ヘヴン

マスク

猛威をふるっていたインフルエンザが、ここ、BL学園にも上陸した。
体力自慢の猛者たちも、この微小なウィルスに一度とりつかれればなすすべもなく、バタバタと倒れていった。
当然、教室には空席が目立つようになっていた。

「・・・伊藤くーん・・・・・・あれ?いないの?」
海野先生の点呼に、あわてて和希がそれにこたえる。
「あの、けい・・・伊藤は今日もまだ調子が悪いそうで」
和希の言葉に海野先生の眉が曇る。
「そうなの?これで三日目だよね。ちゃんとお医者さんに診てもらったのかなぁ」
「あ、はい」
「遠藤くんからも言ってあげてね。ちゃんと病院行かないとダメだよ、って」
「はーい」
海野先生が点呼に戻っていくのをながめつつ、和希ははぁ、とため息をついた。

啓太が熱を出したのは三日前。
いつものように朝むかえにいこうとすると、携帯に具合が悪いとメールが入った。
いそいで部屋にいってみると、高熱による悪寒に震える啓太がベッドの上でまるまっていた。
インフルエンザかもしれないから、部屋から出て行ってくれ、なんて、
弱々しい声で言うものだから、和希はおもわず涙ぐんでしまう。
ちょっと待っていろと一声かけてから部屋を飛び出し、
体温計、氷枕、栄養ドリンク、マスク、箱ティッシュなどなど、必要とおもえるものをかきあつめ、
再び啓太の元へと戻ると、啓太はすぅすぅと寝息をたてていた。
そんな啓太をみて、和希はマスクのむこうではぁ、と切ないため息をついた。

初日はそんな感じで和希は授業も休み、啓太につきっきりでいたのだが、
二日目は代わりに授業に出て、ノートを取ってきて欲しいと啓太に請われ、しかたなく学校に出て。
三日目も今日も似たようないきさつでこうして授業に出ている。
そんな和希が心配しているのは啓太の具合だけではなかった。

二日目、学校から急いで戻ってみるとそこにはなぜか篠宮と七条の姿があった。
なぜ、ときいてみれば、二人とも啓太が医務室に行ったことを知り、
午後の授業がないのをいいことに看病に来たというのだ。
かたやそつなく単位を取得してしまった三年生。かたや天才二年生。
しがない一年生を装っている和希は、午後の授業もしっかりうけねばならぬ身を呪ってしまう。
「熱をさげるにはしょうが湯がいいんだ。少し辛いが、体もあたたまるし、飲んでみろ」
「汗をかいたら着替えが必要ですね。タオルを持ってきたので、汗をかいたら言ってくださいね」
そんな二人のかいがいしい看病っぷりも、和希としては傍観していられない。
あとは自分がやるからと言ってはみても、君ひとりにはまかせておけないというようなことを言われ、
結局三人で啓太の面倒をみるという、なんとも奇妙な状態になってしまった。
・・・三日目もまだ熱がさがらなかったのは、そういう余計な気苦労を啓太にさせてしまったからではないかと
和希はひそかに思っているのだった。

一限目の授業が終わると、和希はこっそり寮に戻ってみた。
自分のいない間にまた誰かが啓太の看病と称して啓太の部屋に入っているのではないかと思うと気が気でなかったのだ。
しかしさすがにまだ午前中の早い時間となると、みな授業があるらしく、啓太の部屋はシンとしていた。
誰も来ていないことにホッとして、和希は校舎に戻ろうとつま先を反転させた。
が。
・・・ここまで帰ってきてしまったのなら、啓太の様子をみていきたい。
朝、啓太の顔をみてからまだ二時間もたっていないけれど。
また来た、授業はどうした?!なんて、怒られてしまいそうだけど。
でも、ほんの少しだけ。
コンコン、とひかえめにノックして、「啓太、入るぞー・・・」と、そうっとドアノブに手をかけた。

「・・・和希?」
「あ・・・起きてた?」

ベッドの上に座って、きょとんとした顔で啓太がこちらをみている。
和希はバツが悪そうにぽりぽりと頬をかいた。
啓太は時計の針の位置を確認して、アレ?と首をかしげる。
「まだ、授業中だよな・・・どうしたんだよ」
「いや、その、えーっと・・・ちょっと、様子が気になって・・・」
「えぇ?だって、おまえ出て行ってからまだそんなにたってないよな」
「あはは・・・」
てっきり寝ているだろうと思っていたから、なんの言い訳も考えてなかった。
和希はあいまいに笑いながら、後ろ手にドアをしめた。
「ちょっと・・・なにやってんだよ。授業は?」
「すぐ、戻るよ」
「すぐ戻るって・・・もう二限目はじまっちゃってるぞ」
「うん、だからすぐ戻るって」
そう口では言いつつも、和希は啓太のベッドの横に椅子をひいてきてそこに座ってしまう。
そんな和希に、啓太はあきれてしまう。
「なにやってんだっ・・・げほっ、ごほっ・・・」
「啓太っ?」
「っ・・・く、大丈夫・・・」
「寝てたほうがいいんじゃないか?」
「う、ん・・・でもずっと横になってたからさ、背中が痛くて」
「熱は?」
「だいぶ楽になった」
そうはいうものの、啓太の頬はまだ赤い。
和希は手をのばし、啓太の額にあてた。
「・・・うーん?まだ熱いような気がするけど」
「和希・・・おまえ、マスクしてない」
「あっ」
啓太に指摘されて制服のポケットをさぐる。
「あった、あった」
「もう・・・次おまえが倒れてもしらないぞ」
「えー、俺が倒れたら今度は啓太が看病してくれるんだろ?」
「はなからあてにしてるなら、看病なんかしてやんない」
「冷たいな」
「だから、うつらないように気をつけろよ」
「んっ・・・」
啓太の真意がそこにあることに気づいて、和希の胸が熱くなる。
自分の方が具合が悪いのに、和希を気遣う啓太がいじらしくて。
寝グセのついた髪をおもわずなでると、啓太は気持ちよさそうに目を閉じた。
その様子がまたかわいらしくて。
熱のせいでとはいえ紅潮した頬にも和希は心惹かれて、つい、指でそっと触れてしまう。
「え・・・?」
頬からあごへと指がすべり、和希の体重がかかったベッドがきしむ。
まさかと思った次の瞬間には、和希の唇が啓太の唇に重ねられていた。
ただしもちろん、マスク越しにではあったが。

「〜っ!和希っ!?」
おもわず大きな声を出してしまって、啓太は再び咳き込んでしまう。
和希はあわてて啓太の背中をさすってやる。
「ごめん、ごめん、啓太、大丈夫か?」
「っ、大丈夫かって・・・大丈夫なわけないだろっ」
なんてことをするんだと、啓太は真っ赤になって和希をにらんだ。
しかし、マスクで隠れてよくはみえないが、和希はまんざらでもないような様子。
「いや、だって。昨日は邪魔が入ってぜんぜん二人きりになれなかったじゃないか。
だから今日はこれくらい補充させてもらわないと」
「なっ・・・」
「マスク越しでもちゃんと啓太とキスしたって感覚、あるもんだな。こういうのも悪くないかも」
うつったらどうするんだとか、病人にむかってなにするんだとか、言いたいことは山ほどあれど。
マスクの上から唇をおさえて、やたら嬉しそうな和希をみてたらただ恥ずかしさがこみあげてくるだけで。
「〜〜〜っ、ばかっ!」
そういうのが精一杯の啓太に、和希はハイハイと上機嫌に応えた。
「じゃあ俺、そろそろ授業戻るよ。啓太の分のノートもとっておかなくちゃいけないしな。おまえもちゃんと静かにしてるんだぞ」
「わかってるよー」
「また、昼頃様子みにくるから」
「うん」
「じゃ、またな」
片手をあげて、バイバイと手をふる啓太に見送られ、和希はドアをそうっとしめた。

部屋に入って啓太をみてしまったその時、本当はもうあのまま啓太のそばにいたいと思っていた。
啓太になんと言われようと、そばにいたい、啓太をひとりじめしたいと。
けれど、たった一回の、それもマスク越しのキスで、自分でも驚くほど気持ちがかろやかになった。
みんなに人気者の啓太だけど、彼にとって自分は特別なのだと確かめることができたから。
そして自分にしかできないことがあることを、あらためて思い出すことができたから。
午後になればまたおせっかいな先輩たちが啓太の元を訪れているかもしれないけれど、
彼らとは別のところで啓太をつながっているという優越感にひたりつつ彼らを眺めることもできるだろう。
「・・・とはいえ。やっぱり急いで帰ってこなくちゃな」
マスクを丁寧にたたんでポケットにしまうと、和希は校舎へと走り出した。

マスク越しのキスって萌えませんか?!
お題は【無理矢理】なキス、ってことだったんで、インフルエンザなのにオマエー!なお話にしてみました。
このあと和希はしっかり伝染っちゃってると思いますよ(笑)
もちろん、啓太にかいがいしく看病されてると思いますv
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