Peanuts Kingdom 学園ヘヴン

アブナイ気持ち

久しぶりにきく、地元の友達の声。
元気か、とか、学校はどんな感じか、とか、互いの近況報告からはじまって。
とくに俺は突然、名門BL学園へ転入、なんていう特殊な進路をとったものだから、
友達にとっては興味津々といったところなのだろう。
どんな学校なのか、授業は、雰囲気はと、矢継ぎ早に質問されてしまって、電話越しに苦笑してしまう。
「まぁ、なんとかやってるよ。周りの人もいい人たちばかりだし」
人や環境に恵まれてるというのも、運がいいってことになるのかなと思いつつそう言うと、
友達は電話口でぷっ、と噴出した。
『そっか〜。おまえ、人に嫌われるってことないもんな』
「えー?なんだよそれ」
『あ、でもさ。たしかBL学園って、男子校だったよな。それって・・・どう?やっぱむさくるしい?』
「えっ、どう、かな・・・」
ふと頭をよぎったBL学園のめんめんに、俺は小さく首をかしげた。
選ばれた学生が集う名門校とはいえ、男しかいないと考えると、軽く憂鬱な気分になってしまったのはたしかだ。
でも実際ここに来てみたら、選ばれてここへ来たという自信と希望に満ち溢れ、
赤のブレザーにも負けない輝きをもった人たちばかりで。
憂鬱になるどころか、俺も一緒にがんばっていきたい、この人たちと一緒に、俺ももっと上へ・・・
なんて、かえってものすごいパワーをもらってしまった。
「・・・やっぱり、すごい人たちばかりだよ。なんていうか・・・キラキラしてるっていうか。
自分に自信がある人っていうのはああいう感じなんだなーって、そう思った」
『へー・・・さすがBL学園だな。どんな人がいるんだ?』
「そうだなぁ・・・王様、って呼ばれてる人がいるよ。学生会の会長なんだけど、スポーツ万能で成績も学年トップ!
でも、ぜんぜん気取ってなくて、豪快な人なんだよな」
『完全無欠ってやつか』
「そうかもね・・・いや、でも一つだけ弱点があって、猫が苦手なんだ」
『へーっ!なんかそういう弱点が一つでもあると、ぐっと親近感わくよな。同学年もそんなすごい奴ばっかなのか?』
「あぁ、仲良くしてる奴は、和希っていうんだけど、そいつは・・・」
和希の顔がぽん、と浮かぶ。
「えっと・・・」
まさか・・・実はBL学園の理事長で、世を忍ぶ仮の姿で学園に入り込んでいる、
なんて言えるわけがない。
和希の特技はというと・・・そう、編み物!
「編み物が得意でさ、手芸部に入ってんだぜ」
『手芸部ぅぅ〜?それで編み物って・・・そんなんでもBL学園に入学できるのか?』
「さ、さぁ?そうなんじゃない?」
そうこたえつつ、笑顔がひきつっているのが自分でもよくわかった。

MVP戦終了後、理事長室で和希の正体をバラされ、なにがなんだかわからなくて。
和希にバカヤロウ!って怒鳴って、部屋を飛び出した。
あの時の俺は、ただ、ものすごく悔しくて。
特別頭がいいわけでもなく、スポーツができるわけでもなく、
俺はただちょっと人より運がいいだけで、
和希も人より手先が器用だったという個性を認められてこの学園に入学したのだと思っていた。
なのに、"同じ" 仲間だと思っていた和希がそんな秘密を隠していただなんて。
昔の約束を果たすために、理事長権限なんてつかって俺を呼び寄せただなんて。
裏切られたみたいな気がして、すごく・・・悲しかった。

でも和希はそんな俺の気持ちを理解してくれたうえで、今も俺のそばにいる。
理事長としてでなく、カズ兄としてでもなく、親友の和希として。
理事長の仕事は大丈夫なのかと心配になるけど、和希は平気平気といって笑っている。
いままでと変わらず、一緒に授業受けて、一緒に食事もして、寮の大風呂に入って、たまにみんなで騒いだりして。
この学園では一見平凡な、目立たない生徒の部類に入るんじゃないだろうか。
本当はこの学園の理事長で、すごい人なのに・・・
そう思う時、俺の心は二種類の感情がうずまく。
一つはやっぱり悔しいという気持ち。
そしてもう一つは・・・

『それにしてもさ。そんなすごいヤツばかりとはいえさ、男子校だろ?
男子校っていうと・・・なんかアブネー雰囲気もあったりするってきいたことがあるけど』
「は?」
突然思考をさえぎられ、マヌケな声でききかえしてしまった。
『しかも全寮制だろ〜大丈夫か?襲われたりなんかしてないか?』
「はぁ?!なに言ってんだよ、そんなことあるわけないだろー・・・」
笑いながら否定してみたけれど、ふと、よみがえるある記憶。

不意をつかれて和希にされた、キス。

ときおりみせる大人びた顔をみるたびに、なぜかあの時のことを思い出してしまう。
友達としてじゃない、なにか別の意味をもっているかのような和希の瞳は、俺を落ち着かなくさせる。
まるで俺を大切な・・・慈しむような・・・そんな瞳でみつめられると、どうしたらいいのかわからなくなる。
なんでそんな瞳で俺のことをみるのだろうととまどう一方で、
やたらドキドキしてしまう自分がいる。
これって・・・この気持ちって・・・
友達が心配している "アブネー雰囲気" ってやつなんじゃないか?

『・・・おい、啓太?』
「あっ、ごめ・・・」
『大丈夫か?』
「うん」
『・・・あはは、まさか、本当にそういうことがあったわけじゃないだろうな〜』
「ばっか、あるわけないだろ」
俺はそう言って笑ってごまかした。

もし女の子のように可愛い子がこの学園にいたとするならば、
女の子の代わりに擬似的アイドルとしてその子に会うのを楽しみにしてしまう気持ちはわからなくはない。
でも、和希に対するこの気持ちはとうていそれには値しない。
女の子の代わりに和希を意識することなんて、ありえない。

コンコン

不意のノックに、俺は携帯を握り締めたままベッドの上で飛び上がった。
「はっ、はひっ?!」
おもわず裏返ってしまった声にかえってきた返事は。
「俺――和希だけど、今、ちょっといいか?」
「かずっ・・・あっ、いや、その・・・今ちょっと電話ちゅ・・・」
『あ、誰か来たのか?じゃ、俺そろそろ切るわ。またな、啓太』
電話の友達は気をきかせたつもりなのか、そう言ってさっさと電話を切ってしまった。
「なっ、ちょっ・・・!」
引き止める間もなく、電話はプープーと不通音を鳴らしている。
俺ははぁ、とため息をついて、携帯電話をパタンと閉じた。
「啓太?取り込み中ならまたにするけど」
「あ、今あけるよ」
俺は携帯を放り出すと、急いでドアへとかけよった。
「どうしたんだよ、和希・・・っ?」
ドアの前に立っていたのは、スウェット姿の和希。
風呂あがりらしく、首からスポーツタオルをかけ、幾筋かの濡れた前髪が額にはりついている。
ほこほこ上気している頬はピンク色で、なんだかやけに・・・色っぽい。
これが大人の男の色香というやつか?なんて、ひそかにドキドキしてしまっている俺の前で、
和希は手にした歯ブラシを顔の横にかかげた。
「歯磨き粉、きらしてたの忘れてた。ちょっと貸して?」
「・・・・・・・・・」
一気に脱力。
これがこの学園の理事長だなんて・・・はっきりいってサギだ。
そんな和希にちょっとでもときめいてしまっている自分が、許せない気分。
「・・・好きなだけ使えよ」
「サーンキュ」
和希は早速練り歯磨き粉を歯ブラシにつけると、俺の部屋でしゃこしゃこ磨きだした。
当然のようにベッドの端を占領している和希に、俺はあきれた視線を送ってしまう。
「おまえってさ・・・いつ理事長の仕事してんの?」
「ふぇ?」
歯磨き中に質問しても意味のないことはわかっていても、なんだかちょっかいをだしたくなる。
「歯磨き粉買うひまもないくらい忙しかった?」
「んー・・・ふぉんなこともなひんだふぇど?」
しれっとこたえる和希に、俺はまたため息をつく。
「・・・もしかして、明日の朝もまた来る気か?」
「あー・・・」
しばらく和希はなにか考えている様子だったが、やがてくるっとこちらをむくと、歯ブラシをくわえたままニコ、と笑った。
「ウン」
「・・・・・・」
俺の眉間がうっすらと寄る。
けれどそれは歯磨き粉を貸すのがイヤだからとか、そういうわけではなく。
本当は学園の理事長というとんでもない肩書きをもつ和希がみせる弱みを、つい、可愛いなんて思ってしまったから。
頬が熱くなってしまっている自分を認めたくなくて。
でも。
こんな和希の二面性を間近でみているのは自分だけなのだという密かな優越感が心をくすぐる。

「あー、すっきりしたっ。サンキュー、啓太」
「あぁ」
「また明日借りにくるわ」
「あぁ・・・って、えっ、もう帰るのか?」
俺に背をむけて、片手でバイバイしつつ、さっさとドアへと向かってしまう和希を、
思わず引き止めるような言葉が出てしまって、自分でも "あ" と思う。
和希は一瞬きょとんとしたけど、ふ、と目が細まった。

あの、瞳だ・・・・・・

ドキン、と心臓が大きく脈をうつ。
こちらへ近づいてくる和希から、目が離せない。
さっきまでのリラックスした様子とは違う、なにか違う雰囲気が、和希の身をまとう。
ス、と伸ばされた手が、俺の頭にポンと置かれる。
少しだけ背の高い和希が、俺の顔をのぞきこむように身をかがめて。

「じゃあ・・・一緒に寝ようか?」

「っっっ?!」

ボッ、と頭のてっぺんから火がでそうなほど、一気に血がのぼる。
「なっ、ななななに言って・・・っ!」
言葉になっていない俺に、和希はカラカラと笑った。
「なぁんだ。引き止めるから、てっきりお誘いかと思ったのに・・・ザンネン」
「あああああのなぁ?!」
俺は男でおまえも男で、お誘いとか残念とかって、そういうのは一切ない!ないはずだろう?!
和希はまるで俺をなだめるかのように、ポンポンと俺の頭に軽く手を置いた。
「冗談、冗談。そんなムキになるなって。でもまあ・・・これくらいは許されるかな?」
ふ、と和希の顔が近づいてきて、視界が暗くなった。そして。

チュッ

「・・・おやすみ」

「・・・・・・っ、ちょっ?!」

爽やかに笑ってみせてもごまかされないぞ!
和希、おまえ今、俺にき、キ・・・!

しかし和希は口をぱくぱくさせるだけの俺をおいて、さっさと自分の部屋へと逃亡してしまった。
しめられたドアを、しばらくみつめていた俺は、たった今、和希にキスされた頬に手を添えた。
かすかに残る、ミントの香り。
俺の愛用の歯磨き粉の香りが、和希の唇から頬へと移ったのだろうか。
もう俺は自覚せざるをえなかった。
身近に女の子がいないからとか、男子校だからとか、そういう理由ではなく。
俺はもう、和希のことが気になってしかたがないということを。
和希の一挙手一投足に、心ときめいてしまってやまないのだということを。
和希に惹かれている気持ちを否定しようとすると、胸が痛くなる。
「・・・俺って、あぶないのかも・・・・・・」
ふと漏らした自分の言葉に耐えがたくなって、俺はベッドにダイブした。

啓太にバカヤロウよばわりされても、和希は啓太をあきらめたりなんかしません。
あらゆる手練手管を駆使して、啓太を落とそうとするでしょう♪
卒業まで3年もあることですし、大人の余裕でじーっくり啓太をあぶっていくのです。やーんv
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