Peanuts Kingdom 学園ヘヴン

雨の匂い

放課後、一緒に宿題をかたづけようと、俺と和希は和希の部屋に集まっていた。
折りたたみ式の小さなテーブルにノートと教科書を置いて、
さぁ、とりかかろうかと座った瞬間。
「あっ、しまった。宿題のノート、部室においてきちゃった」
座ろうと腰をかがめた姿勢でフリーズしている和希を、おもわずあきれた顔で見上げてしまう。
「えぇ?」
「あ〜、編み物の本借りたんで、それを持ってくる代わりにおいてきちゃったんだ。
・・・しかたない。今からとってくるよ。啓太、先にやってろよ」
和希は俺の返事を待たずに、いそいで立ち上がってドアへと向かう。
「和希、そんなにあわてなくても大丈夫だから」
「ウン・・・悪い」
顔の前に片手をあげてわびると、和希はドアノブに手をかけた。
ぱたん、としまるドアを見送って、俺はふぅ、とため息をつく。
しかたのないやつ・・・ふと机の上をみてみれば、さっき和希が言っていたとおり、編み物の本が置かれていた。
編み物やったり、宿題やったり、理事長の仕事やったり・・・忙しいやつだよな。
・・・それでもやっぱりこうして一緒にいられるのは嬉しい。
こうして待っている時間すら・・・幸せに思える。
和希が必ずここへ戻ってくるとわかっているから。
テーブルにほおづえついて、俺は和希の足音を数えながら目を閉じた。

しばらくして、少し、部屋の中が暗くなったような気がした。
あれ?と思って、窓に近寄る。外がやけに暗く感じる。
もしかして・・・と、窓をあけてみると、さーっという音ともに、雨の匂いが部屋の中に流れこんできた。
「うそっ、雨っ?」
思わずベランダに飛び出して確認する。・・・雨だ。
どしゃ降りというわけじゃないけど、霧雨・・・和希、傘なんて持ってないよな。
これじゃ濡れてしまう。
傘を持って、迎えにいってやろうか。
俺は部屋の中に戻ると、まっすぐ玄関へと向かい、
わきにたてかけられた傘を手にとり、ドアノブに手をかけた。
すると。

「うわっ?」
「っ・・・あれっ?」

俺がドアを開けようとしたまさにその時、不意にドアが開けられたものだから、
びっくりして、すっとんきょうな声をあげてしまった。
「もう帰ってきたのかよっ」
いきなり大声を出された和希もおどろいた顔をしている。
そして、俺が傘を手にしているのをみて、
「啓太、どこかに出かけるのか?」
なんてきいてくるものだから、俺は首を横にふった。
「ちがうよ。雨が降ってきたから、その・・・」

ふ、と。
頬が熱くなるのが、自分でもわかった。

和希を迎えに行こうと、傘を持って出かけようとしていた、俺。
そして目の前には、もうすでに濡れてしまって髪がしっとりしてしまっている、和希。
気づくのが遅い、タイミングの悪い自分が恥ずかしくなる。
でも和希はそんな俺の気持ちを察してくれたのか、クス、と笑って、ドアを閉めた。
「もしかして、俺を迎えにこようとしてくれてたのか」
「そ・・・そうだよ・・・」
なんかこんなの、みっともないよな。
気が利かない自分がいやになって、傘をにぎりしめたまま顔をそむける。

「サンキュ、啓太」

ぽん、と手が頭におかれて、軽くなでられる。
でも、結局俺はなにもできなかったのに。
ふわりと、雨の匂い。
和希の制服の袖からしてるのだということに気づいて、俺ははっとした。
「和希、おまえ、結構濡れちゃってるじゃないか!はやくふかないと風邪ひくぞ!」
手持ち無沙汰だった心地悪さから解放されて、俺はいそいで傘をしまってタオルをとりにいく。
「んん?そんなあわてなくても大丈夫だよ」
そんなのんびりしたことを言う和希の頭に、問答無用でタオルをかぶせる。
「いいから!ちゃんとふけよ」
ようやっと、自分のすべきことをみつけて、内心ほっとする。
和希の役にたてなかったリベンジを、はたそうとしているんだ、きっと。
「結構濡れてるじゃないか・・・制服も脱げよ」
「え?・・・啓太の口からそういうセリフきくのって、結構刺激的」
「はぁ?!ばっ・・・バカなこと言ってないで、ほら!」
刺激的なセリフを言ってるのは和希の方だろ!
一気に心拍数のあがってしまった自分をごまかそうと乱暴にハンガーをつきだしたけど、和希はにやにや笑ってる。
「下は?脱いだほうがいい?」
「なっ・・・しっ、知るかよ!」
和希がハンガーを受け取ると、俺は和希に背を向けいそいで離れた。
なにするともなく、窓へと近づく。
雨の匂いをふくんだ風が、熱くなってしまってる俺の頬をそうっとなでていく。
・・・しっとりとしめったこの空気は嫌いじゃない。
嫌いじゃないから・・・困る。

「啓太、悪いんだけど、そこの窓閉めてもらえるか。ちょっと寒い」
「あっ、悪い」
いそいで閉めてくるりとふりかえると、首からタオルをかけこちらをみて微笑んでいる和希と目があった。
濡れた制服のジャケットは、きちんとハンガーにかけられている。
「な・・・に?」
・・・そういう、少しおとなびた表情をしているときの和希は、まずいんだ。
せっかく落ち着きかけた心臓が、またドキドキと騒ぎ出してしまう。
「傘、さ・・・もし迎えにきてくれたのなら、あいあい傘、だったのかな」
「っ・・・し、しかたないだろ、一本しかなかったんだから」
和希とのあいあい傘を想像して、またかぁっ、と顔が熱くなる。
「うーん、残念だったな。啓太とあいあい傘、してみたかったな」
「それは・・・おまえが早く帰ってきすぎなんだよ」
「だって。啓太が俺の部屋で待ってるって思ったら、必死に走って帰ってくるって」
「和希・・・」

微笑はいつしか甘いものに変わり、二人の距離がまた近くなる。
濡れた制服は脱いでしまっているというのに、和希の体から、少しぬくまった雨の匂いがする。
タオル・・・か?それとも、髪・・・?
「・・・啓太?」
どこからこの匂いがするのかと、しきりに匂いをかいでみる。
フンフンと鼻をしきりに動かす俺をみて、和希がクスッ、と笑う。
「なに・・・なんか俺、匂うか?」
「・・・うん・・・濡れた、和希の匂い」
「クサイ?」
「・・・・・・ううん・・・」

雨の匂いは嫌いじゃない。
蒸発する水気とともにたちのぼる、和希の匂い。
どちらも、好きな匂い。

「啓太はこの匂いが好きなのか?」
そっと抱きしめられ、耳元で囁かれる和希の声はもう十分に甘く。
和希のぬくもりと、匂いとに包まれて、俺はうっとりと目を閉じる。
「うん・・・好き・・・・・・」
すこしずつはやくなっていく和希の鼓動を聞きながら、俺はもう一度和希の匂いを深く吸い込んだ。

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