Peanuts Kingdom 学園ヘヴン

ティータイム

やわらかな日差しがさす穏やかな放課後。
啓太は西園寺に呼ばれ、会計室に来ていた。
「西園寺さん、ここにある書類を部ごとにしわければいいんですよね」
「そうだ。啓太はのみこみが早くてたすかる」
西園寺にそう言って微笑まれ、啓太は恥ずかそうにはにかむ。
「あともう少しですよ。片付いたら、みんなでお茶にしましょう」
七条の言葉に、啓太はハイッと元気にこたえた。

このところ啓太は毎日のように会計室に通っていた。
繁忙期らしく、手伝ってほしいと乞われたから・・・というのは表向きの理由で。
実は忙しいのは会計室に限ったことではなく、
和希の理事長としての仕事も忙しいらしい。

"しばらく、授業終わったらすぐ戻らなくちゃならなくなる。ごめんな、啓太"

二人きりの時間がとれなくなる、ということなのだが、
仕事なのだからしかたがない。
しかし余った時間をどう過ごそうか・・・
こういうとき、部活でもやってればよかったのだろうが、
それはそれで、和希との時間が減ってしまいそうで気が進まない。
和希がいない、それだけで手持ち無沙汰になってしまうなんて、
どれだけ和希を必要とし、求めているかを思い知らされる。
でも本当にどうしよう?と、少し困っているところに、
七条から会計室を手伝ってもらえないかと声をかけられたのだ。
まさに渡りに舟。
啓太が喜んで会計部を手伝うようになったのはそういうわけであった。

西園寺たちに囲まれて、仕事に手を動かしている間はそれに集中できる。
優しい先輩たちとともに過ごす時間は、啓太にとっても楽しい時間だ。
和希がそばにいないという寂しさをまぎらわすことができて、
さらに、西園寺たちの力にもなれるならまさに一石二鳥。

けれど、ふと・・・
サーバー棟で一人、仕事をしているであろう和希を思い出す。
会計室でのひとときが楽しければ楽しいほど、
"ごめんな" と謝る、さびしげな和希の微笑が頭をよぎる。
和希は大丈夫なのだろうか。
和希を待つことが自分にできる唯一のことなのに・・・
自分一人楽しているようで、ちくんと胸がいたむ。

「伊藤くん?」
「はっ?」
気づけば目の前に、怪訝そうに啓太を覗き込む七条の顔。
「う、っわ・・・す、すみません!ちょっとぼーっとしちゃって・・・」
あわてて弁明する啓太をみて、七条はきょとんとしたが。
「心、ここにあらず・・・といった感じですね」
といって優しく微笑む。
啓太はかぁーっと顔を赤らめた。
「す、すみません・・・」
「大丈夫ですよ。伊藤くんは本当に力になってくれています。おかげでもうすぐ終わりそうですし」
「えっ、そうなんですか?」
はい、と嬉しそうに微笑む七条の顔をみて、啓太の心は反対に曇る。
会計室での仕事が終わるということは、啓太はまたひとり、和希の帰りを待つことになる。
和希の仕事はまだ終わらないのだろうか。
明日から和希のいない時間をどうやって過ごそうか。
「どうした、啓太。なんだか物足りなそうな顔だな」
西園寺がクス、と笑うと、啓太ははっとしてあわてて首を横に振った。
「そんなことないですよ!」
「啓太が望むなら、いくらでも仕事はあるぞ。会計部に入ったっていいんだ。啓太なら大歓迎だ」
「西園寺さん・・・」
西園寺の言葉は素直に嬉しい。でも。
「・・・ありがとうございます。でも俺、きっと足手まといになっちゃうと思うんで」
こうしてやんわりと断るのはいつものことで、西園寺は啓太の答えも予想済みだったから、
「そうか」と言ってそれ以上は追求しなかった。
「郁はいつも伊藤くんを会計部に招きたがってますね。もちろん、僕も同感ですけど」
「七条さん」
西園寺たちの優しい言葉に、啓太はなんだか申し訳ないような気になってきてしまう。
眉がハの字になってしまっている啓太をみて、七条は優しく微笑する。
「そろそろお茶にしませんか?この仕事の続きは、あとで僕がやりますから」
「え、でも、俺、最後までやりますよ?」
「ありがとうございます。でも・・・きっと、タイムリミットだと思いますよ」
「タイムリミット・・・?急ぎの仕事なら今俺が・・・」
「急ぎの仕事というわけではない。おまえに頼むのはここまでだということだ」
西園寺に言葉をさえぎられ、啓太はぐっと言葉を飲み込んだ。
やっぱり、仕事の出来が悪くてクビ・・・ってことのなのだろうか。
そうだよな。手伝いにきたというのに、和希のことが気にかかって、さっきもぼーっとしてしまったし。
脳裏をよぎった悲しい想像に啓太の顔が曇るのをみて、七条はいささかあわてた様子でニコリと微笑む。
「では、もし時間が余るようでしたら、また君に頼んでもいいですか?」
「あっ・・・はい!」
捨てられるのをまぬがれた子犬のような啓太に、西園寺と七条はやれやれといったように小さくため息をついた。

周囲からみたらいささかとっつきにくいだろう自分たちでさえ、
この素直で真面目な少年は受け入れ慕ってくれる。
遠藤でなくても、啓太を好ましく想うのは自然なことだろう。
でも一方で、ずいぶん和希に依存してしまっているらしい啓太をみているのは、
気がかりというか・・・妬けるというか。

「今日は新しく開店したケーキ屋さんのケーキですよ」
コトリ、と目の前におかれたフルーツたっぷりのタルトに、啓太の目が輝く。
「うわぁ、美味しそうですね!・・・って、これ、いつ買ってきたんですか?」
「えぇ、まぁそれは・・・内緒です」
いい香りのするティーポット片手に、七条はいたずらっぽくパチンとウィンクする。
するとなぜか西園寺がはぁーっと盛大なため息をついた。
「西園寺さん?どうかしたんですか?」
「・・・いや。結局のところ買収されたんだ。臣は」
「買収?」
西園寺の言葉の真意をはかりかね、啓太が首をかしげると、
「人聞きの悪いことを言わないでください、郁。これは伊藤くんのためのケーキなんですから」
と言って、七条は苦笑いをうかべた。
「あのっ、あ、ありがとうございます。・・・でも、昨日もその前もですよね。
こんなにたくさん買いにいくのだって大変だと思うのに・・・いつ行ってるんですか?」
「ああ・・・予約をしておけば届けてくれるんですよ」
「予約?!そんなことまでしてるんですか?!」
「いえ・・・まぁ、その・・・」
七条にしては歯切れの悪い物言いに、啓太は再び首をかしげる。
「七条さん?」
「・・・やっぱり内緒です」
「???」
「さぁ、さめないうちにお茶も召し上がってください。ケーキもおかわりがありますから、どうぞ」
本当はもっとつっこんできいてみたかったけれど、
七条が内緒といったことをバラすことはほぼないことを啓太は知っていたので、
好奇心をぐっとこらえて啓太はティーカップを手にとった。
一口飲んで、ちょうどその時。

コンコンッ

間隔の短いノックが部屋に響いた。
「・・・もう来たか」
「さすが・・・ですね」
西園寺と七条はこのノックのあいてが誰なのか知っているらしい。
二人の間になにやらどんよりとした空気が漂う。
「誰だ」
西園寺の凛とした声にこたえたのは。
「遠藤です!」
「っ・・・和希・・・!」
ぱぁっと啓太の顔が明るく輝く。
そのあからさまな感情表現に、西園寺たちは苦笑をかくせない。
「入れ」
西園寺の返答があったと同時にドアがひらき、
はたしてそこにはベルリバティスクールの制服を着た和希が立っていた。
「和希!」
「啓太・・・!」
ここに、ソファとかテーブルとかなくて、西園寺たちもいなかったら、
二人互いにかけより熱い抱擁をかわしそうな雰囲気である。
毎日教室で顔をあわせているくせに、
まるで遠くに隔たれ長いこと会うことがかなわなかった恋人同士の再会のようである。
「遠藤!そんなところにいつまでもつったっていないで、ドアをしめたらどうだ」
「あ、ああ、すみません」
和希はドアをしめるとまっすぐ啓太にむかって歩み寄った。
「和希・・・仕事、もう終わったのか?」
「ああ。これでしばらくはお役目放免だ。さっきそのことを七条さんにメールしておいたんだ。
さすが。俺の分までカップの用意がされている」
和希の言葉にふとみてみれば、なるほど、4つ目のティーカップがちゃんと用意されていた。
「俺の分のケーキもまだありますか?」
「ありますよ。ティータイムはまだはじまったばかりですから」
「今日こそ仕事のかたがつきそうだったから、ティータイムに間に合うようがんばったんだ」
「和希・・・ケーキ目当てで急いだのか?」
「そういうわけでもないんだけど、自分で頼んだケーキだからな。食べてみたいじゃないか」
「えっ・・・これ、和希が頼んだのか?!」
てっきり七条が用意しているものと思っていた啓太は思わず七条の方をみた。
七条は苦笑していた。
「このケーキは遠藤くんが伊藤くんに用意されたものですが、遠藤くんにとってはウマのニンジン効果もあったようですね」
「それと、いつも会計部のためにがんばってくれてるお二人への感謝の気持ちでもあるんですよ」
満面の笑顔でごきげんな様子の和希に、それとは対照的に不機嫌そうに眉をしかめているのは西園寺。
「私は甘いものは好きではないが」
「でも、有名店でとりよせたものばかりですよ。西園寺さんの口にもあうようなものを選んだつもりでしたが?」
和希の言葉に、西園寺は返す言葉がないらしく、フン、と小さく鼻をならして横をむいてしまった。
「あの・・・二人とももしかして。和希から俺のこと、頼まれていたんですか?」
勘のよい啓太がおずおずとたずねると、三人は一斉に啓太をみた。
口をひらいたのは西園寺。
「・・・そうだ。"理事長としての仕事が一段落つくまで、啓太をよろしく頼む" とな。
おひとよしの啓太のことだ。ほうっておいたら誰にどうこきつかわれることになるか、
私も心配だったからな。一役買った」
「西園寺さん・・・」
「それに、事実、僕たちも伊藤くんにお手伝いをしてもらいたいなと思っていたところだったので、
ちょうどよかったんですよ。利害一致というやつです」
「七条さん・・・」
「啓太のことをまかせて安心できるのはこの二人しかいないと俺も踏んだんだ。
それに、七条さんにメールをすれば、啓太の状況もわかるしね」
「か、和希っ」
なんとも。
過保護な恋人である。
これでは啓太が和希にべったり依存するようになってしまうのも無理はない。
西園寺と七条はやはり苦笑するしかなかった。
このベルリバティスクール一のバカップルに巻き込まれる代償は、
啓太の手伝いと、毎日のケーキなどでは足りないような気がする。
「・・・さぁ。立ち話はこれくらにして。お茶にしましょう。もう、冷めてしまいますよ」
コレ以上はつきあいきれないとばかり、七条は話をさえぎったが、
和希は啓太が詰めて空いた空間にちゃっかり腰をおろしている。
そして嬉しそうにみつめあう二人に、
「・・・今日のティータイムは、ちょっとしたガマン大会ですかね」
「・・・臣」
もういいから早く帰ってくれないかな、なんてことを思ってしまう、会計部の二人なのであった。

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