Peanuts Kingdom 学園ヘヴン

ホントウの気持ち

「いい加減にしてくださいっ!」
突然、和希に腕をつかまれた。
あ、と思う間もなく、成瀬さんから引き離され、強くつかまれた腕にピリッと痛みがはしる。
思わず顔をしかめたけれど、怒り心頭にきている和希は気づいていない。
ただ、目の前の成瀬さんを敵意をまるだしにした目でにらみつけている。
一方、成瀬さんはめざとく俺の表情の変化に気づいて、
「啓太・・・っ、大丈夫かい?」
と俺に手をさしのべてくる。
けれど、その手をはばむように、俺と成瀬さんの間に和希の体が割ってはいった。
つかまれたままの腕を後ろにまわされ、自然と俺は和希の背後へとかばわれるような格好になってしまう。
成瀬さんは眉間にしわを寄せ、和希を冷たくみすえた。
「遠藤・・・君ねぇ、僕のハニーを傷つけることは許さないよ?」
「啓太を傷つけようとしているのは成瀬さん、あなたの方でしょう!おかしなマネをするのはいい加減やめてください!」
「僕が啓太を傷つける?そんなことするわけがないだろう。
僕は、啓太のことを愛しているから、誰よりも大切にする覚悟はできてるよ」
あぁ・・・成瀬さん、またそんな恥ずかしいことを臆面もなく・・・
けれど、恥ずかしいといえばこうして和希にかばわれるようにされるのも恥ずかしいんだ。
これは俺の問題なのだから、俺自身でちゃんと話をしなければいけないのに。
それに、いくら友達とはいえ、こんなに怒ってもらっちゃうと、俺の成瀬さんへのとまどいや困惑も薄れてしまう。
それよりも一刻も早く、俺をはさんで成瀬さんと和希がいさかうような状況から脱したくて、
俺は必死で和希の腕をゆさぶった。
「和希っ、もう、いいから・・・っ」
だけど、俺のこの言葉も和希にとっては火に油をそそぐような効果をもたらしてしまったらしい。
和希は俺にまで怒ったような視線をむけた。
「啓太!もういいわけなんかないだろ。いやならいやだって、はっきり言わなくちゃ!」
「和希っ・・・」
和希の言うことはわかる。でも。
いやとかいうのではなくて・・・だって、成瀬さんは俺のことが好きだといってくれて、それでいつも優しくしてくれる。
成瀬さんの気持ちにこたえることはできそうにはないけれど、
でも、俺を好きだといってくれるのは嬉しいって思ってるんだ。
だから。
あんまり困るような、恥ずかしいことはやめて欲しいけれど、
許容できる範囲の好意ならば、受け止めてあげたいって思ってるから。
でもそんなこと、すっかり頭に血がのぼってしまってるらしい和希に言えない。
それも成瀬さん本人もいる前で。
本当のことを言えないもどかしさに、思わず下唇を噛む。
「啓太・・・」
和希の顔から怒りの表情が消え、なぜか・・・とまどっているような、驚いているような表情へと変わっていく。
「まさか・・・おまえ・・・」
「えっ・・・?」
「・・・・・・」
はりつめるような空気を、キーンコーン、という始業のベルが打ち破ってくれた。
ほっとする俺に、成瀬さんも穏やかな微笑をうかべて。
「・・・はぁ。残念。もう休み時間が終わっちゃったね」
「あ・・・」
成瀬さんは俺と目があうと、パチンとウィンクをした。
「また、会いにくるよ。いいかい?」
「あ、はぁ・・・」
成瀬さんが走っていくのを軽く見送ってから、教室に入ろうときびすを返すと、和希と目があった。
するとすぐに、フイ、と和希の視線がそむけられた。
俺に背をむけ先に教室へと入っていってしまう和希の後ろ姿に、ざわりと胸が騒ぐ。
和希・・・俺に怒ってる?
和希の視線が残像のように残る。
いそいで和希のあとを追って、一言でも声をかけようとしたけれど、
こういう時にかぎって先生はすぐにやってきてしまって、俺はだまって和希の隣に座ることしかできなかった。
授業がはじまり静かすぎる和希に、俺はどんどん落ち着きをなくしていってしまう。
俺はちらちらと和希の様子をうかがっていたのに、和希は一度も、俺の方をみることはなかった。

ひどく長く感じられた授業がようやく終わり、俺は和希に声をかけるタイミングをみはからっていた。
和希の一挙手一投足をも見逃すまいと、意識を和希に集中させて。
適当にノートやら教科書あたりをかたづけるフリをして。
・・・でもやっぱり、和希の体からぴりぴりしたものを感じる。
それが俺への怒りに思えて、どうにも声をかけづらい。
「あの・・・和希?」
「・・・・・・」
ぴた、と和希の手が止まる。
けれど、やっぱり俺の方をみることはなくて。
フゥ、とかるくため息までつかれて。
「なに?」
やっぱり俺のこと、みようともしない・・・
俺はたまらず和希の肩に手をかけ、無理矢理こちらに向かせた。
「なんだよ」
あきらかに憮然とした和希の表情に、一瞬こちらがひるんでしまう。
「なんだよって・・・そっちこそなんだよ。なんでそんな、俺のこと避けるようにして」
「避けてなんかいないよ」
「避けてる!なんで・・・俺、なんか和希を怒らせるようなことしたのか?」
「・・・・・・」
「和希。言ってくれなくちゃ、わからないよ」
「・・・言ったって、おまえにはわからないよ」
「え・・・」
「いいんだ、もう・・・おまえがそれでいいなら、俺はもうなにも言わない」
「それ・・・どういう・・・」
「・・・悪い。少し、一人にしてくれないか。頭冷やしてくる」
「和希・・・」
ひきとめる言葉をもたない俺を置いて、和希は本当に教室から出ていってしまった。
俺は・・・一人で食堂へむかうことになってしまった。

和希がなにかで俺に怒ってることだけはわかった。
でもそれがなんなのか、俺にはさっぱりわからない。
成瀬さんといざこざがあって・・・俺が止めたら、急にあんな不機嫌になって・・・
俺が止めたから?
俺が・・・成瀬さんをかばったように思ったのかな。
それが気に食わなくて?
だとしたら、ずいぶん・・・可愛い理由だけど。やきもちをやいたってことだもんな。
それにしてはなんか深刻すぎるけど。

「ハニーッ」
「あ・・・成瀬さん」

こんなに食堂には大勢の人がいるのに、成瀬さんは目ざとく俺をみつけてやってくる。
トレーの上にはスポーツマンらしく、結構な量の食事がのせられていた。
成瀬さんはにこにこしながら俺に近づいてきた。けれど。
「あれ?・・・遠藤は一緒じゃないの?」
「あ、はい・・・えっと、その、ちょっと用事があるとかって」
「ふうん?じゃ、隣、僕が座ってもいいかい?」
「はい、どうぞ」
断る理由なんかないから普通に席をつめると、成瀬さんは少し首をかしげた。
「うーん・・・もし、気のせいだったらごめんね。でも、もしかして啓太、少し元気がない?」
「え?」
「いや、そう見えちゃっただけなんだけど。なにかあった?」
「あ・・・」
成瀬さんはほおづえをついて優しい微笑を浮かべて俺をみつめる。
こういうのって恥ずかしいけど・・・でも、俺を心配してくれてるってことが伝わってくるから、嬉しいとも思う。
だけど・・・成瀬さんがこうして俺のこと心配してくれるのは、俺のことが好き・・・だから。
俺は男なのに、そんなこと関係ないっていって・・・
でも正直、そういうのは困るんだ。
俺、成瀬さんのことは好きだけど、そういう好きとは違うから。
和希はそんな俺の気持ちもちゃんとくんでくれてるって思ってた。
だから、ああして成瀬さんから俺のことかばってくれようとしてたのだろう。
なのに俺ってば・・・和希に "もういい" だなんて。
「・・・成瀬さん。俺・・・和希に悪いことしました」
「ハニーが遠藤に?」
「はい・・・そして成瀬さんにも」
「僕に?」
俺は顔をあげ、まっすぐ成瀬さんを見た。
「成瀬さんが俺によくしてくれるのって、すごく嬉しいって思ってます。
でも、その・・・成瀬さんが俺を好きだといってくれるその気持ちにこたえることはできません。
だから、和希はそんな俺のことをかばってくれてたんです」
「啓太・・・」
成瀬さんの顔が、寂しげなものになる。胸が・・・痛い。
でも、ちゃんと伝えなければ。これは俺の、問題なのだから。
「でも俺、和希に "もういい" って言っちゃったんです。和希は俺のためにしてくれてたことなのに・・・」
「それは、どうかな?」
「え?」
成瀬さんの言葉に思わず首をかしげると、成瀬さんはフフ、と笑った。
「たしかに、遠藤は啓太のことをとても大事に思ってるんだろうね。
でも、僕と啓太との仲を邪魔している時の彼は、単純に啓太のために、
といったものとは違うような気が僕はしてるんだけどね」
「えっ、でも・・・」
「・・・ごめん。これ以上は僕の口から言うことじゃないんだ。
・・・ハニーは遠藤と仲直りがしたいんだろう?じゃあ、いっておいで。
今、ハニーが僕に言ったことを、そのまま彼に伝えてごらん?
これによって、敵に塩をおくるようなことにならないことを僕は祈るけどね」
「成瀬さん・・・」
成瀬さんは本当に、俺のことを考えてくれてるんだ。
成瀬さんの気持ちは受け入れられないと、フってしまった直後だというのに。
「どうしたの、啓太」
いつもと変わらぬ優しい成瀬さんの笑みに、俺も元気づけられる。
「っ・・・あの・・・ありがとうございました」
そういって頭をさげると、成瀬さんはクス、と笑った。
「どういたしまして。じゃ、まずはゴハン、食べちゃおうか」
「はいっ」

早めに昼食をすませたあと、俺は和希を探しにでかけた。
中庭で和希をみたときいて、早速中庭にむかってみる。
和希のいそうな場所を探してみるけどなかなか見つからない。
そうこうしているうちに、俺ははずれのサーバー棟のあたりまで来てしまった。
「まさか、こんなとこまでは来てないよなぁ・・・」
もう一度校舎の方へ戻ってみようかと、元来た道を歩き出そうとした。その時。

「啓太?」

背後から声をかけられふりむくと、そこには和希が立っていた。
教室でみせた不機嫌な雰囲気は消え、いつもどおりの和希が。
でも俺がこんなところに現れたのがよほど不思議だったのか、ぽかんとしている。
「どうしておまえ・・・こんなところに」
「どうしてって・・・そりゃこっちのセリフだよ。
和希こそなんでこんなとこにいるんだよ。俺、おまえのこと探してたんだぞ」
「えっ・・・なにかあったのか?」
さっと和希の表情が変わる。
そう・・・和希は俺が困ったり、なにかあったときは、本当に親身になって相談にのってくれた。
そして今も、ケンカしてる最中だというのに、そんなことも忘れてこうして真剣に俺のことを。
「・・・違う。なにもないよ。ただ、和希に会って、話がしたかったんだ」
おもわずこぼれた笑みを、和希はどう思ったのか。
近づいていく俺を、怪訝な顔でみつめている。
俺は一呼吸おいてから、口を開いた。
「さっき、成瀬さんと話してきた。俺は、成瀬さんの好意は嬉しいけど、受け入れることはできないって」
「・・・・・・」
「和希、いつも俺のことかばってくれてたろ?俺が成瀬さんにせまられて、困ってるときとかさ。
なのに・・・さっきはごめんな」
「啓太・・・」
「でもあんまりおまえがムキになってるようにみえたからさ。
一応先輩なわけだし。俺のせいで和希に変なとばっちりがいったらイヤだしさ」
「啓太・・・・・・俺の方こそ、ごめん・・・」
和希はなぜか・・・ひどく沈痛な面持ちで視線を地面に落とした。
教室でのときとは違うけど、それでもなにか俺を避けているような・・・?
「和希?」
「・・・・・・」
こんな・・・こんな風に和希を追いつめるつもりはなかったのに。
どうしてそんな顔をするのかわからない。
俺はおもわず和希ににじりよってその両腕をつかんだ。
そうでもしないとまた、俺を一人置いて立ち去っていってしまいそうで。
「和希?なんで・・・どうしたんだよ。おまえ・・・いったい」
「・・・ごめん・・・本当はおまえが、誰をどう好きになろうと、俺にどうこうする権利はないのに・・・」
そう言って、和希はまた俺から顔をそむけようとした。
でももうこれ以上逃げられるのはいやだ。
ちゃんと話してくれなきゃわからないよ。
権利とか、俺が誰を好きになるとか、
そんなの関係なくして和希は俺のことを心配してくれてたんじゃないのか?
なのになんでそんな自分を責めるような、辛そうな顔をするんだ。
逃げようとする視線をつかまえようと顔をかたむけると、ようやっと和希と視線が交わった。
その瞳に一瞬息が止まる。
あまりに真剣な、その瞳に。
「かず・・・」

ひどく近く、和希の顔があった。
開いていたはずの口が、和希の唇によってふさがれている。
・・・唇?
これ、って・・・・・・

ごめん、と、もう一度、和希のつぶやくほど小さな声がきこえた。
せっかくつかまえたはずの腕が、俺の手の中から抜けていく。
アスファルトを歩いていく和希の靴音がだんだん小さくなっていって・・・
俺はその場にへたりこんでしまった。

唇へのキス。

頬になら、何度かされたことはあるけれど、まさか和希にこんな・・・キスされるなんて。
成瀬さんから俺をかばおうと必死になっていた和希の気持ちを、俺はようやく理解した。

俺はこれからどんな顔をして和希の前に出ればいいのだろう。
和希の顔をまともにみれる自信がなかった。
でも。
和希のそばを離れようなどとは、微塵にも思わなかった。
どうしたらいままでと変わらず和希と一緒にいれるのだろうかと、
そんなことばかり考えて、じっと地面をみつめていた。