ホントウの気持ち 2
転校してきたその日からずっと、和希は俺のそばにいてくれた。
啓太、啓太と呼ばれるのがあたりまえの日常。
どこへ行くにも和希は俺を呼んでくれて、俺も和希の姿を探した。
仲良しの、友達。
この学園に来て得た、かけがえのない友達。
だけどその好意が "恋" と呼ぶ気持ちからくるものだとしたら?
きゅうっ・・・と胸が痛い。
このしめつけられるような感覚はいったいなんなんだろう。
・・・和希を失うかもしれないという恐れなのだろうか。
和希と別れた中庭に、俺は一人ぼんやりと座っていた。
授業があったけど、教室に行って和希と顔をあわせるのが怖かった。
和希が俺をみてどんな顔をするか、怖かった。
反対に、また俺の顔をみようともしない和希の横顔は・・・もうみたくなかった。
「はぁ・・・」
何度目かのため息。
成瀬さんは、こう言っては悪いんだけど、あの人明るいから。
俺がフったとしたって代わりもいくらでもいるだろうし。
あまり罪悪感がなかったんだ。
でも和希は・・・
キス間際の和希の真剣な瞳が、脳裏から離れない。
あんな瞳をみたのは、MVP戦以来かもしれない。
退学勧告なんかされちゃって、理事会を相手に戦わなければならないだなんて、
俺は怖かった。
絶対この学園に残りたいって思ってたけど、本当は怖くて・・・
でも和希がそばにいてくれた。
そして、俺以上に懸命になって力になってくれようとした。
まだ知り合って間もないのに、どうしてこんなに親身になってくれるんだろうって、不思議に思うときもあったけど、
頼もしい相棒を得て、俺もがんばれたんだ。
・・・胸が、ドキドキする。
あの頃のことを思い出すと、今でもドキドキしてしまう。
あのときの興奮が蘇ってきて、無事、勝利を勝ち取ったとき、和希と交わしたガッツポーズとか・・・
俺だって和希のことが好きだよ。
でも、キスしたいとか、そんな風に思ったことなんかない。
なんで和希は・・・和希も成瀬さんも、俺のことそんな風にしてみるんだろう・・・・・・
「伊藤くん?」
「っ?!」
不意に頭上からふってきた声に、ぎょっとして顔をあげると、
そこには不思議そうな顔をした七条さんが立っていた。
「やっぱり伊藤くんでしたか。授業はもうはじまってますよ」
「えっ、えぇ、まぁ・・・そうなんですけど・・・」
なんて言い訳したらいいのかと、モジモジしてると、七条さんの顔がふっとやわらかなものになる。
「サボタージュ、ですか」
「うっ・・・」
怒られちゃうかな、と、首をすくめていると、七条さんがクス、と笑ったのがきこえた。
「まあ、伊藤くんはいつもがんばり屋さんですから。たまには息抜きも必要でしょう。・・・それに」
そこで言葉をきると、長身な七条さんがスッと身をかがめてきた。
不思議な色の瞳が俺をまっすぐ見つめる。
「伊藤くん。もしかして、なにか悩み事でもあるんですか?
さっき君をみかけたとき、いつもならすぐ伊藤くんだとわかるのに、そうと自信がもてなかったほど、
君のオーラが弱くなっていたんです」
「オーラっ?」
「はい」
七条さんはニコ、と微笑むと、隣に座ってきた。
「僕でよければ、話くらいききますよ。元気のない伊藤くん・・・というのも、悪くはないですけど、
やはりいつもの伊藤くんの方が魅力的ですからね」
「し、七条さん・・・」
この人も結構言う人だよな・・・帰国子女だからかな、とも思ったけど。う〜ん・・・
「その・・・俺が魅力的だとかって、どうしてそんなこと言うんですか?俺、普通の平凡な男じゃないですか」
なのにこんな俺に、みんな優しくしてくれる。
あまつさえ、好きだと言ってくれる。
この俺を恋愛対象にすらみて・・・
七条さんは俺の質問を意外と思ったらしく、少し驚いた風に目を見開いている。
「君が普通で平凡?そうでしょうか」
「そうですよ!だって俺、特別勉強ができるわけでもないし、スポーツだって人並みです。
顔だって身長だって、七条さんくらいあれば人から騒がれることもあるだろうけど・・・」
「僕のこと、そんな風にみてくれてたんですか?」
「・・・あっ」
うわ、お、俺ってば・・・なに言って・・・
これじゃまるで、七条さんはいい男だ、って言ってるみたいじゃないか!
・・・実際そうだとは思うけど、直接本人に言うことじゃないよな。は、恥ずかしい・・・
「そ、それはおいておいてですよ!えっと・・・だからそうじゃなくて、
なんで俺なんかをみんな気にかけてくれるんだろうって不思議なんです。
MVP戦のときだって、みんな親身になって、心配してくれて、力になってくれました。励ましてくれました。
でも、俺はあのとき転校したてで、本当に退学になったとしたって、
すぐみんな俺のことなんか忘れてしまっていたと思います・・・」
あのときのことを思い出すだけで、感情がたかぶってきてしまう。
鼻の奥がツンとしてきて・・・やばい、俺、ちょっと涙目になってしまってるかも。
そんな俺の顔をみられたくなくて、俺は視線をひざに落としたまま、七条さんの言葉を待っていた。
「・・・そう、かもしれませんね」
七条さんは静かにそうつぶやいた。
そしてすぐ、いいえ、違うんですよ、と首を横に振った。
「なぜ、僕はこんなに君のことが気になるのでしょうね。
あのときも、不安に押しつぶされそうになっている君をほうっておくことができなかった。
そして今もこうして君のそばにいる。もし・・・あのとき君が勝っていなかったとしても、
僕の心の中にはしこりのひとつとして君のことは残っていたでしょうね。
君という存在が僕の中に強く印象づけられる・・・なぜ、とたずねられればやはりそれは・・・
君のことが好きだから、としか言いようがありませんね」
「ええっ?!」
七条さんの言葉に俺は飛び上がって驚いてしまった。
だ、だって今七条さん、なんて言った?俺のこと好きだって・・・ま、また?!
七条さんはまぁまぁと苦笑している。
「ずいぶん過剰な反応をしてくれるんですね。そんなところもかわいいですね」
「かっ・・・かわいいって・・・だ、だからそんなの、俺は・・・っ」
「君は、自分の魅力を過小評価しているようですね。君には人の心を惹きつけるなにかがある。僕はそう思いますよ」
「で、でも・・・俺・・・・・・男、です・・・」
「はい、わかってますよ。でも、好きだなと思うくらい、いいじゃないですか。君にだって、好きな友達くらいいるでしょう?」
「友達・・・なら、それは・・・」
頭の中に浮かんできたのは、和希の顔。
一番の、親友。
でもだからといって、この気持ちが和希の気持ちと同じだとはとうてい思えない。
「友達は・・・友達じゃないですか・・・キスなんかしない・・・・・・」
「・・・キス?」
「っ!」
やばいっ!ついぽろっと独り言が出ちゃった!
真っ赤になって七条さんをみると、七条さんはまたクスクスと笑っている。
「誰かにキスでもされたんですか?
まあ、そんなかわいいところばかりみせられてしまうと、僕も君にキスしてみたくなりますけどね」
「えっ、ええっ?!」
「冗談です」
七条さんの言葉に一気に体中の力が抜けてしまった。
もうベンチからずり落ちそう。
はぁーっ、と深くため息をついていると、伊藤くん、と七条さんに呼ばれた。
「好意を相手に伝えるために、キスは有効な手段なんですよ。国によっては、男同士でもハグして両頬にキスしあいますし」
「は、はぁ・・・」
「もちろん、マウストゥーマウスになると意味は違ってきますが」
「う・・・」
そう、なんだよな・・・
和希からのキス・・・成瀬さんへの態度も、和希が不機嫌になったのも、
和希が俺をそういう意味で好きなのだと考えれば納得がいく。
和希がどうして俺のこと、そういう風に想ってくれるのか、
俺にそんな魅力があるとは七条さんの話をきいてもやっぱりわからないけれど。
「伊藤くん」
「っ、はいっ」
七条さんが隣にいることも忘れて、思わず一人考え込んでしまった。
俺は急いで顔をあげると、七条さんはニコリと微笑んだ。
「誰かに、想いを寄せられてしまって、困ってるんですね」
「っ・・・・・・は、い・・・」
七条さんには隠し事なんかできないよな・・・ただでさえ、俺って感情が顔に出る方だし。
「その相手は成瀬くんですか?」
「いえ!・・・あ、いや、そう、だったんですけど・・・」
「では別の相手ですか。・・・その方のことで、悩んでるんですね。伊藤くんは、その人のことが嫌いなんですか?」
「いえ!そんなことはぜんぜん!」
「じゃあ、好きなんですね?」
「っ・・・・・・それが・・・わからないから困ってるんです」
「わからない?」
「だって俺・・・・・・男に対してそんな感情もったことないし・・・」
「女の子に対しても?」
「いや、女の子では・・・好きになった子もいましたけど・・・」
「おや、そうなんですか?それはちょっとジェラシーですね」
「っ、七条さん?!」
少し強くつっこむと、七条さんはすみません、と言って肩をすくめた。
「でも意外ですね。伊藤くんが女の子に欲情したことがあるとは」
「よくじょ・・・っ、ち、ちがいますよっ、そんなんじゃありません!
ただ俺はその子のことが好きだから、そばにいたいなって、そう思っていただけで・・・っ」
ぷつりと言葉が途切れた俺を、七条さんは静かな瞳でじっとみつめていた。
好きだから・・・そばにいたい・・・・・・
それってまさに、今俺が和希に抱いている気持ちと一緒じゃないか?
ただ相手の気持ちが、俺より強いってことに、とまどいを感じているだけで。
でも。
それでもいいのかな。
こんなの中途半端でズルイんじゃないかって思ってしまう。
和希の気持ちは受け入れられるかどうかわからないけれど、そばにいたいって・・・
ずいぶん都合のいい甘えた考えじゃないだろうか・・・
「・・・もう、大丈夫みたいですね」
七条さんはベンチから立ち上がって俺をやさしいまなざしでみおろした。
「自分がその人のことを想うほど、相手は自分のことを想っていないというのはたしかに切ないことです。
でも、そばにいれば、二人を隔てるものが溶けていく、そんなこともあるかもしれませんね」
「七条さん・・・」
「君自身の気持ちを大切に。それでは」
七条さんは軽く会釈をして背をむけた。
俺はいそいで立ち上がって、
「ありがとうございました!」
とふかぶかと頭をさげた。