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平泉草子 〜はじまり〜 第二話

背は自分とさして変わりはないのに、己の身体とはあきらかに違う。
どれだけ武芸を鍛えてきたのだろう。
あの重たい方天戟を軽々と操る銀なのだから、武勇を誇る奥州猛者どもと遜色ない躯体であって当然なのだが。
棒にかけた指貫を整えるため高くあげた肩から二の腕にかけて、こぶが盛り上がっている。
その腕をささえる背中の筋も、その動きがわかるほどに張っている。
ひきしまった尻から伸びる足もまた、銀の華麗ともいえる戦いっぷりも納得できる肉づきであった。
くるりとこちらに振り返った銀から、泰衡はおもわず目をそらした。
まじまじと銀をみつめていたことと、そしてそうしていたことをさとられまいと目をそらした自分の行動が、やけに恥ずかしい。
「・・・申し訳ありません」
泰衡が、銀の裸を見るに耐えないと思って目をそらしたのだとでも思ったのだろうか。
銀は申し訳なさそうに、そして、少し恥ずかしそうに目をふせた。
おずおずと泰衡の傍に近づくと、泰衡の手から肩布を受け取った。
そして身体を半回転させ、肩布の半分を使ってその身をくるむ。
触れ合った銀の肌は熱かった。
「・・・・・・暖かいな」
「さようですか?」
銀はほっとしたのか軽く笑うと、肩布の中の腕を泰衡の肩にまわした。
銀に気遣われるようにして二人並んで地面に座る。
しかし、座ってみるとあらためてこの態勢が奇妙なことに泰衡は気づいた。
銀に身を寄せるようにして座ると、どうしても女のような座り方になってしまう。
両足を身体の片側に出して座る慣れぬ体勢に、泰衡の眉間の皺が深くなる。
「落ち着かぬ・・・」
「私の方にもっと寄りかかってくださってもかまいませぬが」
「いや・・・」
それではまるで銀にしなだれかかるような格好になってしまう。
いくら火鉢と思えといわれても、どうにも具合が悪く感じる。
どうしたら泰衡の態勢が落ち着くのか、銀も一緒になってしばらくもじもじしていたが。
「座ったままというのはちと難しゅうございますね。横になってみませぬか?」
「横?」
「ええ、こうやって・・・」
銀はぐっと泰衡を抱き寄せると、そのままぱたりと床へ仰向けになった。
「っ?!」
泰衡の頭は銀の腕を枕にし、枕となった腕は泰衡の肩へまわった。
銀は肩布を二人の前で閉じ、結果両腕で泰衡を抱きかかえるような形になる。
銀の身体に添うように横向きになった体勢は確かに落ち着きはよかったが、まるで童が大人に抱かれているような格好に泰衡は羞恥に頬が熱くなった。
「銀・・・この体勢は・・・」
「まだ、お辛いですか?」
「いや・・・」
なにも感じていない様子の銀に、かえって自分が意識しすぎなのだと泰衡は自分を叱った。
しかし、泰衡は今まで感じたことのない感覚にとまどいを隠せない。
自分を抱きしめる銀の腕や肩の固い肉の感触が、さきほどみた銀の裸体を泰衡に思い出させる。
暖をとるためしかたなくこうしているのだと頭ではわかっていても、直に触れる肌の感触は泰衡を落ち着きなくさせる。
泰衡の身体がこわばっているのを、銀が気づかぬはずがない。
ぽん、ぽん、と、子供をあやすかのように、銀は泰衡の背を軽くたたいた。
「どうぞ、もうお休みください。私のことは人とは思わず・・・・・・朝になれば雨もやみ、服も乾いておりましょう」
「う、む・・・」
「私は・・・泰衡様をお守りする鎧でございます。必ずお守りいたしますゆえ・・・どうぞ・・・」
「・・・・・・」
泰衡ははりつめていた息をはぁ、と吐き出した。
こうなってしまったらもう開き直るしかない。
本当にさっさと眠ってしまおうと、泰衡は眠りやすい体勢を探しだした。
上になった腕が所在なく迷っていると、
「私の上でもどこへでも、お好きな場所に置いてください。丸太でも抱えるように」
と銀は言う。今度は丸太か!と泰衡はク、と喉奥で笑った。
このように頭をおいていては辛いのではないかと銀の腕を気遣うと、
「大丈夫でございます。それより、お辛くはございませぬか?」
と反対に泰衡を気遣われた。
「もっと私の方に寄りかかっていただいても大丈夫ですよ。むしろそのほうが私もしっかり安定いたしますゆえ」
「そうなのか?」
「はい。一人がんばっているより、支え合わせていただいた方が私も楽でございます」
「楽したいがための方便か」
「はい」
「こやつめが・・・」
軽口もたたけるようになってきた頃には泰衡の身体からも力がぬけ、無意識のうちに暖を求めてか
遠慮なく銀に寄りかかっていた。
寒いなかじっと堪えていた疲労が、ようやくもたらされたぬくもりによってゆるゆると溶け出してくる。
泰衡は銀の腕の中で瞳を閉じる。

静寂の中に、トクン、トクンと銀の鼓動が伝わってきた。
その律動は今泰衡を暖めているのは火鉢でも丸太でもなく、銀という生きた人間であることを泰衡に思い出させる。
「もう少し・・・」
すり、と泰衡が頭を摺り寄せる。
「泰衡様・・・?」
銀が息を吸えば、胸がふくらみ、息を吐けば、胸がへこんだ。
生き物としてあたりまえの動きが、泰衡は面白いと感じた。
「・・・・・・」
そろ、と泰衡の頭をささえる方の手が、泰衡の髪に指を絡めた。
湿り気を帯びた艶やかな黒髪は、銀の心を妖しく騒がせる。
しかし次の瞬間にははっと我にかえって、己の浅ましさに銀は自省の念にかられた。
「・・・お休みなさいませ、泰衡様・・・・・・」
その返事がかえってこないようひそやかに囁いて、銀もまたその瞳を閉じた。

このような穏やかなぬくもりを最後に得たのはいつだったか。
記憶を失ってはいても肌はそれを覚えているようで、つい、高まりそうになる鼓動を銀は息をつめて堪えた。
腕の中の泰衡は本当に眠ってしまったようで、すぅすぅと規則正しい呼吸を繰り返している。
この人と出会ったころの自分は空虚で、なにも感じず、なにも思わず、ただ命ぜられたことを実行するだけの人形だった。
あの頃の自分であれば、このように必要以上に身体が熱くなることはなかっただろうに。
泰衡と出会い、泰衡のそばにいることによって、銀の内にひたひたとなにかが満ちていく。
それがなんなのか、銀にもまだわからなかった。しかし。
おもいがけなく腕の中におさめてしまった泰衡の身体。
銀の熱が泰衡を暖めるように、銀もまた泰衡の熱に暖められる。
再びこのようなぬくもりを得ることができるとは・・・
すべてを失ってしまった虚しさを、寂しかったのだと今なら思える。
胸が痛むほどの切ない想いに耐えかるかのように、銀の眉がゆがんだ。

雨は夜半すぎにはやみ、朝日が昇る頃には鳥のさえずりであたりが騒がしいほどであった。
壁のすきまからさしこむ光にまぶたを射られ、そのまぶしさに泰衡は眠りから覚めた。
「お目覚めでございますか」
銀の声にようやっと自分のおかれた状況を思い出す。
泰衡がまだ眠っているうちに銀は起きだして身支度をすましていた。
きちんとしたいずまいの銀をみて、泰衡はまだ己が裸であることに気づいて密かに恥じる。
「泰衡様の衣ですが、まだ少し湿っておりますが・・・」
「かまわぬ」
ひざまづいてうやうやしく泰衡の衣をささげ持つ銀の前に立ち、らしからぬ感情をも捨てるように身にまとっていた肩布をはずした。
衣を身につけるにつれ泰衡も総領らしい落ち着きを取り戻してきた。
まだ湿り気の残る衣の冷たさが、かえって泰衡の気を引き締めた。
「・・・行くぞ」
「はっ」
まだ朝は早い。
雨宿りをしてきただけだが、噂好きのうるさい者も舘にはいる。
朝帰りとは総領も隅におけぬ、などと根も葉もないことを面白おかしく語られるのはたまったものではない。
一刻も早く伽羅之御所に戻ろうと、自然と泰衡の足は早くなった。

銀の手引きで泰衡は、雨と泥に汚れた姿を誰に目撃されることもなく部屋に戻った。
衣も銀の手によって綺麗に洗われ、爽やかな風にたなびいている。
普段となんら変わらぬ一日を、その日泰衡は過ごした。



時は移ろい、あれから数日がたった。



泰衡は再び執務に戻り、外を出歩くこともなくなった。
ときおり館のまわりを歩くことはあっても、十分夕餉に間に合う程度。
銀はその泰衡の世話に気を配り、忠実なる僕として働いている。
二人の間にあの日のことが話題にのぼることはない。
なにもかもが元通りの生活。
変わりゆくのは季節のみ。
日に日に平泉は秋色を濃くしていった。

そんなある日、泰衡は自室で寺から借り受けた書物に目を通していた。
次の項をめくろうとすると、紙同士がくっついてなかなかうまくめくれない。
ようやっとめくれたと思ったそのとき、遠雷の鳴り響く音がきこえてきた。
泰衡は手にしていた書からふと目をあげ、じっと耳をすませる。
そして、雨の匂い。
泰衡は立ち上がると御簾をもちあげ部屋の表に出た。
書に夢中になっているうちに、あたりは夕闇色に染まりはじめていた。
日が落ちて冷えた空気が泰衡の頬をなでる。
雷より先に降り始めた雨が、ぽつぽつと地面に小さな円を描く。
泰衡は柱によりかかるようにして縁に座ると、山を白く覆う雨雲をぼんやりみつめた。

雨をもたらす風が吹きはじめても、泰衡は寒いとは感じなかった。
自邸でくつろぎ、着なれた心地のよい服をきちんと身にまとっているから。
・・・否、それだけでは説明がつかない、まるでぽうっと灯がともっているような穏やかなぬくみを身体の内に泰衡は感じていた。
こつり、と柱に身をまかせて瞳を閉じれば、思い出すのは・・・銀のぬくもり。

自分は守る立場であり、この腕はこの平泉を慈しみ抱くものであった。
ああして人にすがり、守られた記憶は遠い幼き頃のもの。
総領として執務を行うようになってから、誰かに頼ったり、抱きしめられたことなどなかった。
あの日、ずぶ濡れの上夜風にあたり、冷え切った身体を暖め包み込んでくれた銀。
久しぶりに思い出した、暖かく包まれる感覚。
"愚か・・・"
こんな風にあの日のことを回想する自分を、泰衡は愚かだと思う。
過去をふりかえり思い出にひたるなどと、奥州藤原氏を率いる者にそのような暇はないはずだと。
それでも冷たい空気に触れるたび、どうしても銀の熱を思い出してしまう。
それは秋が深まるにつれて頻度を増しているような気がする。
寒いと思えばぬくもりを求めてしまうのは自然なことだが、それを実行にうつすほど泰衡は直情的ではなかった。
"それでも・・・"
時折冷たい風に吹かれながら、あの夜のことを思い出すことくらいは許されるのではないだろうか。
銀に身をまかせ守られ眠った穏やかなひとときを思い出して、冷えた心を暖めるくらいのことは。

その夜、舘は嵐に見舞われた。

荒々しい暴風雨に木々の鳴く音がこだまして、外は大変おそろしい様子であった。
舘内もばたばたと落ち着きをなくしている。
そんな中、急ぎ足ではあれど冷静な足音が泰衡の部屋の前で止まった。
「泰衡様」
「銀か。なんだ」
「強風により、別棟の一部に被害が出ているそうです。泰衡様には問題ありませぬか」
「む」
泰衡の部屋のある母屋は戦に備えてのこともあり、特別頑丈につくられている。
きしきしときしむ音はきこえてきても、雨漏りをすることもなく泰衡はつつがなく読書を続けていた。
「俺のほうは問題ない」
「さようでございますか。・・・ではなにかありましたらお呼びください」
銀が立ち上がるのが気配でわかった。
「待て」
「・・・は」
「・・・・・・」
言ってしまってから、それがなんの考えもなしのとっさの言葉であったことに、泰衡はうろたえる。
何の用事もないのに呼び止めたのだから、おかしなものである。
泰衡の言葉を待つ銀をどう扱ったらよいのか、泰衡はしばらく逡巡していたが。
「・・・中へ」
「はい」
銀は人が通れる最低限の幅だけ引き戸を開け、御簾をくぐって部屋の中に入ってきた。
そしてきちんと引き戸を閉めなおし泰衡の方へむきなおると、手をついて頭を下げた。
「そんなにかしこまらなくてよい」
特別なにか用を申し付けようと思って呼んだのではなく、ただ、なんとなく顔をみたくなっただけなのだから。
「はい」
銀は顔をあげ、泰衡と目があうと、にこ、と微笑んだ。
「なにを笑う?」
「・・・笑っておりましたか?」
「俺の顔をみて笑ったではないか」
「それは・・・我が主がつつがなくお過ごしになられている様子に、ほっとしたからでございましょう」
「外はそんなにひどいのか」
泰衡の問いに、銀の顔から穏やかな微笑が消えた。
「この強い風と雨です。壊れた箇所もとりあえずの処置しかできませぬ。明日になって嵐が去るまで堪えるしか」
「・・・・・・明日になるまで、か」
また、あの日のことが脳裏をよぎる。
しかし、目の前に当人の銀がいることを思い出し、泰衡は心の中でその思い出を打ち消した。
「しかたがあるまい。無事に嵐が過ぎ去ることを祈ろう。天の采配にはさからえぬ」
「・・・・・・」
銀は視線を床に落とし、なにやらじっと黙っている。
「銀」
声をかけると銀ははっとして顔をあげたが、泰衡と目が合うとさっと視線が横へ流れた。
「銀?」
「いえ・・・なんでもありませぬ」
「・・・・・・・・・なにを考えていた」
もしや、と泰衡は注意深く銀を観察する。
この男がなにを考えているのか・・・あまり感情を吐露することのない、穏やかな面持ちの裏に秘めた想いは。
「泰衡様・・・」
なんでもない、と、押し通そうと口を開けた銀が、泰衡の鋭い眼光に射すくめられて言葉を失う。
また視線を横に避け、あぁ・・・と小さく嘆息する。
そんな銀の様子に、思わず泰衡の口元がゆるんだ。
「当ててやろうか、おまえが考えていたことを・・・・・・あの日の夜と同じ、そう、思っていたのではないか」
「泰衡様・・・っ」
泰衡の言が図星であったことは、銀の驚いた表情からも十分うかがえて、泰衡は満足げに目を細めた。
互いに口には出さなかったのは、あえて顧みるようなことではなかったから。
だが、あのような非日常的な経験を、忘れたりなどするはずがないのだ。
いつのまにか、自分ひとりだけ思い出したりして女々しい、と思い込んでいたが、銀だとて思い出す
こともあったのだろう。
「今宵の嵐に火鉢は・・・いらぬよな」
「っ・・・泰衡様、それは・・・」
銀の頬が赤く染まっている。こんな銀は珍しい。
泰衡は加虐心をくすぐられてしまう。
「それとも、他に必要としている者がいるか?」
「さようなこと・・・」
銀が、舘の女たちに人気があることを知った上での泰衡の戯言に、銀は頬を染めたまま困惑の表情を浮かべる。
しかし。
「私が・・・・・・私のすべてを尽くしてお仕えするのは、泰衡様、ただお一方にございます」
先刻までのうろたえた様子をみじんとも感じさせない銀の凛とした声に、今度は泰衡が目を見開いた。
言葉を失っている泰衡に、銀はふわりと微笑みかける。
「たとえ、泰衡様以外の方に所望されても、銀はそのお勤めを果たすことはできませぬ。
私の主は泰衡様だけでございますから」
「・・・・・・」

―あなたこそ、私の特別なのです。

銀のまっすぐな瞳にみつめられてそう言われれば、泰衡とて悪い気はしない。
誠意がこもっているように感じられる、静かだが力強い言葉に、胸の奥がざわざわと波立つ。

―ですからどうぞ、このことはご内密に。

主従の間柄で交わされるいくつもの約束ごと。
しかし今回のそれは、主従の、というにはあまりにも・・・・・・
頭の芯がしびれるような甘ったるさに支配されまいと、泰衡は眉間に指をあてた。
「・・・戯言だ」
「はい」
ちら、と指のすきまから銀をうかがうと、なぜかやけに嬉しげにみえる。
「なにを笑う」
もう一度問うと、銀は頭を床につくほどに下げた。
「火鉢がご入用の際にはまたお呼びください」
「っ!いるか、馬鹿もの!」
泰衡の怒号が雨音を打ち破って外まで響いた。



―どきどきと、高鳴る鼓動をおさえきれない。

泰衡の部屋からさがった銀は、己の胸をそっと手でおさえる。

―泰衡様はお忘れではなかったのだ。

主を寒さから守るため、この身をもってかの身体を暖めた。
しかしそんなことは泰衡にとって、下僕が主を守るための行為としてあたりまえのことなのだろう。
たとえ銀の胸には泰衡の熱が今も宿り、こうして幾日をも経てもときおり銀を妖しく苛んでいたとしても。
あまりに平素と変わらぬ様子だったから、きっともうお忘れになられたのだと、銀は密かに切な想っていた。
忘れてしまえばいい・・・そう想った。
記憶を失ってしまった自分なら、あの日の夜のできごとを忘れてしまうこともたやすいはず。
しかし気づけばかの人のぬくもりを、腕にかかる重みを思い出してしまう。
自分一人が邪な想いに囚われているようで、銀は己を恥じていた。
泰衡は主であり、ぬくもりを求める対象ではないはずなのに、と。
だが泰衡は覚えていた。
戯れに銀をからかうほどに。
銀は嬉しかった。

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