Peanuts Kingdom Cafe

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平泉草子 〜はじまり〜 第四話

その日の夜、銀は泰衡に呼ばれて泰衡の部屋を訪れた。
泰衡はすでに寝支度をすませ、文机にむかい書に目を通していた。
そのかたわらにはまだ火の入っていない火鉢がおかれていた。
まだ体の具合がよくないのだろうかと、銀の眉がひそめられる。
泰衡は肩ごしに銀の姿を確認すると、書をぱたりと閉じた。
「銀」
「はい」
泰衡は背を向けたままである。
銀はじっと主の様子をうかがう。
「俺はもう休む。だが・・・」
泰衡の視線が火鉢へと向けられる。
「炭を持ってくるのを忘れた」
「では、炭をお持ちいたしま・・・」
「待て」
銀がみなまで言う前に、泰衡がそれをさえぎる。
銀は口を閉ざし、泰衡の次の言葉を待った。
文机の上をかたづけていた手は止まり、なにかを逡巡しているような様子。
なにか言いづらいことがおありなのだろうかと、銀は小さく覚悟をする。
やがて泰衡はなにかをあきらめたかのように肩を落とすと、ほんの少し銀の方へ顔をむけ、ぽつりとつぶやいた。
「今宵はおまえが火鉢となれ」
「・・・・・・は?」
一瞬、なにを言われたのか理解ができず、思わず問い返してしまったが。
それ以上なにも言わず、顔もまた向こうにそむけたままの主をみて、ようやっとその意図するところに銀は気づいた。
しかし、確認はしておかねばならない。
銀はともすれば上ずってしまいそうな声を抑え、静かにたずねた。
「それは・・・共に休めということですか」
泰衡はちら、と銀を一瞥した。
「・・・・・・そうだ。いやならかまわぬ」
「いえ。・・・・・・かしこまりました」
深々と一礼する銀に、泰衡はつめていた息をほうっと吐き出した。

泰衡のあとに従って塗籠に足を踏み入れた瞬間、銀は背筋がぞくりとした。
当然のことのように夜具は一式しかのべられておらず、本当にあの日の夜を再現しようとしているようだった。
動きの止まってしまった銀に気づき、泰衡はフ、と笑う。
「服を脱ぐ必要はない。ただ・・・俺の横におればよい」
「は・・・」
泰衡は銀に背を向けるようにして横になった。
「直垂は脱げよ。・・・皺になる」
「はい」
銀は素直に直垂を脱ぎ、肌着一枚になった。
泰衡にじっと見られているのも具合が悪いが、銀に背を向けたままの泰衡がどんな表情をしているのかわからないのも不安である。
ただ銀が同じ夜具に入ることを待っているであろう物言わぬ泰衡の後頭部を、なんとなくうらめしく見てしまう。
しかしいつまでも躊躇しているわけにはいかない。
意を決して、銀は泰衡の隣にその身を滑りこませた。

一人がけの夜具一式では、大の大人の男二人を覆うには小さすぎる。
泰衡の隣にあおむけに横たわってみたものの、どうしても半身が外に出てしまう。
銀はしばらくの間どうしたものかと迷っていたが、おもいきって傍らの泰衡に問い尋ねた。
「泰衡様」
「なんだ」
「あの・・・申し訳ありませぬが、今すこし、泰衡様の方へ寄らせていただいてもよろしいでしょうか」
「・・・好きにしろ」
「ありがとうございます」
銀は泰衡の方をむいた。
目の前に、泰衡の漆黒の髪がある。
銀は目を細めた。
「泰衡様」
「なんだ」
「その体勢はお辛くはありませぬか。また私の腕を枕にされてはいかがですか」
「・・・・・・」
枕はもとより用意してはいなかった。
最初からそのつもりもあったのだろうと、無言を了承をとらえた銀はそろりと腕を泰衡の首もとへと差し入れた。
泰衡は頭を軽くもたげ、銀の腕を枕にした。
そして、ぐらぐらと不安定だった身体を、おとなしく銀にあずけた。
銀の腕が泰衡の前にまわり、背中から抱きしめられるような格好になる。
じわりと銀の熱が背中を通して伝わってくる。
やはり暖かい・・・
軽く体重をかけても、銀はしっかりと支えている。
泰衡は満足げに微笑すると、ゆるゆると意識を手放していった。

銀は、また手にいれることのできたぬくもりを心の底から堪能していた。
再び与えられた僥倖。
己の腕の中で、安心しきったかのように寝息を漏らす主が愛しくてたまらない。
顔を寄せれば泰衡のなめらかな髪の感触が銀を酔わせる。
あの日は雨に濡れ、泥に汚れ、冷えてしまっていた泰衡の身体も、今はほかほかと暖かくたちのぼる香もかぐわしい。
銀が望んで手に入れたのではない。
泰衡が望んだからこそ実現した夢。
それが銀にはなによりも嬉しかった。

―私はあなたのことが好きです

胸をよぎった熱い想いに、銀自身驚く。
しかし、そうとわかれば簡単であった。
好きだからこそ、求めたい、求められたい。
―愛したい。

ずきり、と身に覚えのある痛みがはしる。
銀は暴れだしそうになっていた想いを、そっと制した。
これ以上酔ってはいけないと、本能が警鐘を打ち鳴らす。
それでも―・・・銀は顔を寄せ泰衡の髪にそっと口づけた。
そして、泰衡を起こさぬ程度に抱きしめる腕に力をこめ、目を閉じた。

この夜から、銀はときおり泰衡と寝所を共にするようになった。
はたからみればまるで伽をしているようであったが、実際のところ添い寝をしているだけである。
とはいえ、ただ泰衡の横に転がっているわけではない。
泰衡の望むものは、暖かく安堵できる場所。
泰衡が直接言葉にすることはないけれど、求められるがままに銀は腕を広げ泰衡を抱く。
不安に鳴く雛を暖かな羽根で包みこみあやす、親鳥のように。



平泉の冬は足がはやい。
冷えが厳しくなるにつれ、添い寝を命じることに慣れてきた泰衡の、銀を呼ぶ頻度が増してきた気がした。
「今宵は冷える。火鉢を寝床に入れるわけにもいかぬ。おまえが暖めろ」
そう、当然のごとく銀に命じる。
無邪気ともいえる泰衡の行動の一方で、銀は日に日に追い詰められていくような心地であった。
この頃ともなれば、銀ははっきりと己の気持ちを自覚していた。
己の、主に対する尋常ならざる熱き想いを。
ゆえに、泰衡と床を共にすることは、泰衡にとっても、そして自分自身にとっても危険な火遊びであると感じる。
求められるのは嬉しい。
大切な人だからこそ、その望みにはこたえてやりたい。
しかし、銀の求めるものはけして与えられない。
まさに生殺し状態である銀は、今宵もまた泰衡に呼ばれたことに深いため息をつかずにはいられなかった。

重い足取りで泰衡の部屋を訪れると、そこには黒々とした熊の毛皮が置かれていた。
部屋に入った銀はまじまじと毛皮をみつめた。
「これはまた立派なものですね」
銀が感嘆するのをみて、泰衡はフッと笑う。
「兄上が狩られたのだそうだ。今年の初物をくださると」
「お優しい方なのですね」
「・・・・・・」
銀の言葉に泰衡は答えなかったが、嬉しいことに違いないのだろう。
さっそく銀に寝所の床に延べるよう命じた。
銀はかしこまって熊の毛皮を手に取ると、塗籠へと入った。
ずっしりとした毛皮は十分に暖かそうだ。
夜具の上に毛皮をかけ、泰衡が心地よく眠れるようにと、祈りにも似た気持ちをこめながら床を整えた。

「・・・泰衡様」
「なんだ」
「かようなものがございますれば、もう私など不要なのではありませぬか」
「む?」
銀は毛皮に指を滑らせ、その感触を楽しむ。
「まこと見事なものにございます。きっと暖かでございましょう」
「・・・・・・」
銀の言葉を、泰衡はどう受け取ったのだろうか。
銀が背にした入り口に、泰衡が立ったのが気配でわかった。
銀はじっと動かず、全身耳にするかのように泰衡の言葉を待った。

なんとこたえてもらったらこの苦しみから解放されるのだろう。
そのままここにおれと言われたら、変わらぬ苦しみが続く。
それもそうだ、おまえはさがれと言われたら、もう二度と主を腕に抱くことはかなわないだろう。
どちらにしても銀にとっては心を引き裂かれるような苦しみである。
だが、他ならぬ主の命であれば、それに従わねばならぬという理由ができる。
あきらめることができる。
泰衡が口を開くまでの間、それはひどく長い時間に銀は感じた。

「・・・下がりたいのか」
低く、かすれるような泰衡の声に、銀は心臓を絞られるような痛みをおぼえた。

寒さに震える主を守るために、最初に己を与えたのは自分である。
それがきっかけで、泰衡は銀を求めるようになった。
銀もまた、常に精一杯総領らしくあらんと気を張り続けている泰衡に、せめて眠るときくらいは安寧の中やすらかであって欲しいと。
そう願う気持ちに変わりはない。
しかし・・・。
銀を火鉢や布団のように扱ってはいても、甘えている自覚はあったのだろう。
塗籠へ入ると、泰衡はけして銀と目を合わせようとしない。
恥らっておられる・・・そんな様子も銀にとっては魅惑的に映る。
だから―危険なのだ。

「・・・この毛皮があれば、十分にございましょう」
己の代わりに、兄からの思いやりにくるまれ眠るのも悪くはないはず。
この、穢れた想いを抱いてしまっている、自分の腕よりは。
「・・・・・・」
背後で泰衡がため息をつくのがきこえた。
泰衡は銀の横をすりぬけると、その毛皮の上に座った。
「・・・なるほど、暖かいな」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
じっと、泰衡の視線が自分に注がれているのを感じる。
銀は顔をあげることができない。
うるさいほど、心臓がどくどくと脈打っている。
呼吸をすることも忘れてしまったかのように微動だにしない銀に、泰衡は再びため息をついた。
「・・・無理強いはせぬ。が・・・・・・なぜだ」
「・・・・・・」
ぴく、と銀の肩が震える。

―己の痴情を抑えきる自信がないゆえに。

心の中で銀はこたえる。
しかしそのような真実を口するわけにはいかない。
「・・・・・・こう・・・連夜ともなりますと、人目もございましょう」
心を偽る己の言に、銀の眉根がゆがむ。
「・・・なにもやましいことなどしてはおらぬ」
そんな清廉潔白な泰衡だからこそ銀は心惹かれ、そして今はただ苦しい。
銀は泰衡から視線をそらせたまま顔をあげた。
口元には微笑が浮かんでいるが、かすかにゆがみ皮肉めいてみえた。
「泰衡様がどう想われるかではなく、人がどう想うかなのです」
「・・・・・・」
銀の言うことが理解できないわけではない。
だからこそ、銀には夜更けに来るよう命じており、朝もまだ明けきらぬうちに部屋から出るよう言いつけてある。
連夜というが、そんな生活を銀に強いるわけにはいかない。
多くても三、四日に一度というくらいだ。
それでも気遣いが足りないということか。
それとも・・・
"不服、か"
泰衡を抱く腕はいつも暖かく、声色は優しいから、嫌がられていると感じたことはなかった。
しかし実際のところはどうか。
自分を抱く銀の表情など、みたことのない泰衡には知るよしもない。

「そんなにいやだったのか」
泰衡の言葉に銀ははっと顔をあげた。
「そのようなこと、あるはずもございませぬ」
銀は即座にきっぱりと否定した。
さきほどとはうってかわり、泰衡をみつめる銀の瞳はまっすぐで迷いがない。
泰衡は内心ほっとしつつも、ならばなぜ?とさらに疑念を深くする。
「・・・なにかあったのか」
こうなってくると、泰衡には外的要因しか考えられなくなる。
誰かが銀によからぬ噂などふきこんだとか、讒言を耳にしたとか。
しかし泰衡の問いに、銀は首を横に振る。
「いいえ。泰衡様のご威光を貶めるようなことは一切ございませぬ。私がそのようなこと許すはずもありませぬ」
「ではなぜ・・・」
こんなにも銀に理由を問うのは、それだけ失いたくないからだ。
常ならとうに放りだしているところだ。
そんな己に気がついて、泰衡ははぁ、とため息をついた。

「さように大きな問題なのか。ただそばにおれと・・・なにも伽を命じているわけでもあるまいに」

ぴく、と銀の身体が動いた。
ゆっくりと頭をめぐらし、泰衡をまっすぐ見つめる。
一瞬の間ののち、銀は両手を床につけると、深々と頭を下げた。
「・・・そう、お命じくださった方が、ましにございます」

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