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平泉草子 〜はじまり〜 第八話

―まるで、長時間戦ってきたかのようにひどく疲れている。

ちらちらと揺れる灯りに照らされているのは、腕をあげるのも億劫なほど疲れきってぐったりしている泰衡の姿。
放心状態といったていの泰衡を、銀は心配そうにあれやこれや気遣う。
「泰衡様、具合の悪いところはございませぬか。気持ち悪いところなど・・・」
「・・・・・・眠い」
「あ・・・」
泰衡はすぅ、と寝息をたてそうになる。
銀はあわてた。
横になったままの泰衡になんとか肌着を着せ掛けただけなので、そちこちが着崩れ乱れた状態なのだ。
「泰衡様、そのような格好ではお体にさわります」
きちんと合わせを整えようと襟元に手をかけると、泰衡がその腕をぐいと引き寄せた。
「ならばおまえが暖めろ」
なんというおたわむれを、と銀はぎょっとしたが、予想外に正気な泰衡の瞳に銀は言葉を失う。
「伽をさせるなら俺の命を受けるといったのはおまえだ。最後まで務めを果たせ」
「泰衡様・・・」
泰衡の言葉に銀は不安になる。
銀は心の底から泰衡を愛しているから伽を所望したのである。
しかし、泰衡はあくまで銀を隣に置くための方便として銀に伽をさせたのであろうか。
不安に揺らぐ銀の瞳に、泰衡の唇が不服げにとがる。
「なぜそのような顔をする?まだ不満か」
「いえ、いいえ、そのようなことは・・・」
「ではなんだ」
「・・・・・・」
銀の瞳が寂しげに伏せられる。
「・・・泰衡様は、なぜかようにしてまで私の腕をお求めになられるのですか」
「・・・・・・」
「私をおそばに置くために、私の条件を飲まれたその理由は。なぜそうまでしてあなたは・・・」
うなだれる銀をみて、泰衡ははぁ、とため息をついた。
「そのようなこと・・・言う必要はない」
「っ・・・」
銀は傷ついたような表情をした。
このところ泰衡が苦手だと思う銀の顔だ。
この顔に対すると、自分が銀に対してひどいことをしてしまったかのような気持ちにさせる。
泰衡はしかたないという風に瞳を閉じた。

「・・・・・・おまえが必要だからだ」

いたって単純なことだ。
泰衡にとって銀が必要、そう判断したまでのこと。
伽をさせなければそばにいることを承服しないと言うからそうさせたまで。

自分に想いを寄せる銀がどのように自分を抱くのかという好奇心があったことは否めない。
ただ抱きしめられるだけ以上の充足感を得ることができるかもしれない、そんな期待もあった。
そして事実、今、泰衡は身も心も満ち足りていた。
身体はそちこちが痛むしひどく疲れてもいるが、そのけだるさすら銀に愛されたがゆえのものと思えば厭わしくはない。

泰衡が瞳をあけると、そこには驚いた様子の銀の顔があった。
目ばかりか口も丸くして泰衡をみおろしている。
「・・・間の抜けた顔だな」
「泰衡様・・・・・・」
銀の手が、そうっと泰衡の頬に添えられた。
泰衡の真意を確かめるようにその頬を撫でる手に、す、と泰衡の手が重ねられた。
「・・・おまえの手は暖かい。それが・・・おまえの俺に対する気持ちからくるものだというのなら・・・」
泰衡は再び瞳を閉じる。
ふせられた長い睫が小さく震えている。
一瞬、くっと眉間の皺が深くなり、苦しげな表情になる。
素直に心情を言葉にすることを不得手とする泰衡の口から、真実の言葉が紡がれる。

「・・・俺はおまえの心ごと、欲しいと想う」

しばらくの間、沈黙が続いた。
どうしたのかと泰衡が瞳を開けると、銀は泣きそうな顔をして泰衡を見つめていた。
「どうした・・・」
そう問うと、銀は泣きそうになりながらも口元に微笑を浮かべた。
「泰衡様・・・お慕いしていても、よろしいのですね」
「・・・・・・好きにするがいい」
言葉はそっけなかったが、泰衡の瞳はいままで見てきた中で一番優しいものだった。
銀は泰衡に顔を寄せた。
自然と瞳が閉じられ、引き寄せ合うようにしてしっとりと重なり合う唇。
欲望に突き動かされるようにした口づけとは違う、互いを慈しむような口づけ。
唇を離すと銀は泰衡を抱きしめた。

―夢のようだ・・・

そして銀は想う。
この腕の中にいるこのお方を、命を賭してお守りしようと。
全身全霊で愛していこうと。



―どのくらいの時間そうしていたのだろう。
いつまで経っても離そうとしない銀に焦れて、泰衡がぼそっとつぶやく。
「・・・おい・・・もう俺の上からおりろ。俺はもう眠るぞ」
「・・・わかっております」
そう口では言っても銀はまったく泰衡の上からどこうとしない。
そればかりか、なにやら銀の体温がまた上昇しているような気がする。
「いいかげん俺の上からどけ。重たくて眠れぬ」
「・・・・・・」
「聴こえてないのか」
「・・・・・・いまひとたび、とおねだりしてはいけませんか」
「っ!だっ、駄目に決まっておろう!」
泰衡の渾身の突き飛ばしにより、銀は横に転がされてしまった。
こちらに背を向け夜具を引き上げ本気で寝ようとする泰衡を、銀はあわてて背中から抱きしめる。
「ええい、離せ、馬鹿者っ!そのような気を起こすなら、もうそばにおらずともよいわ!」
「わかりました、わかりましたから・・・銀はただこうしておりますゆえ・・・」
しばらく泰衡はじたばたと抵抗していたが、もとはといえば泰衡を抱きしめるこの腕を求めてのことである。
ようやっと穏やかで心地よいぬくもりに包まれて、泰衡の身体からふぅーっと力が抜けていく。
やがて、安心しきったように聞こえてきた泰衡の寝息に、銀はほっと安堵のため息をついた。

「おやすみなさいませ、泰衡様」



それから数日後―
泰衡と銀の姿はあの小屋のあった森の中へとあった。
激しい夕立に追われていたあの日とは異なり、雨だれを蓄えていた葉も落ち、すっかり冬景色となっていた。
枯葉をかさかさ鳴らしながら歩いていくと、はたしてその小屋は泰衡たちの前に再び現れた。
しかしあれからずいぶんと時間がたったゆえか小屋はすっかり朽ち果て、今にも崩れてしまいそうであった。
「泰衡様、あまり近づかれますと危険でございます」
いま一歩前へ出ようとした泰衡を、銀の腕がそっととどめる。
その場に縫いとめられた泰衡は、その朽ちかけた小屋をじっと見つめた。
「泰衡様・・・?」

「・・・その役目を・・・終えたか」

「・・・・・・」

ちら、と白いものが泰衡の視界をよぎる。
肌に触れるとひやりとしたのち、すぅっと溶けてなくなる―雪。
銀もそれに気づいて空をみあげる。
「まだ本降りにはなりませんね。ですが冷え込むかもしれませぬ。泰衡様」
舘に戻るよう銀がうながすと、泰衡は黒衣を翻し小屋を背にした。

「お寒くはございませぬか」
あの日と同じように銀が問う。
泰衡はフン、と鼻で笑う。
「濡れたわけでもあるまいし、俺はここで生まれ育ったのだ。この程度は寒いうちに入らぬ」
そう言ってちら、と銀をみると、銀はなにやら不服げな顔をしていた。
「・・・なんだ」
泰衡と目が合い、銀は悪戯がみつかった悪童のような顔をした。
「いえ、なんでも・・・・・・ただ、つれないお方だと」
「・・・・・・」
「なんでもありませぬ」
にこ、と微笑を浮かべてはみせるが、銀の真意がどこにあるのか、いくらニブい泰衡といえどもさすがに察することができてしまう。
はぁー、と、つい深いため息が出てしまう泰衡をみて、銀も苦笑する。
泰衡を困らせてしまうのは銀も重々承知の上なのだが、日毎募る想いを言の葉にのせて伝えることを許されるのであれば、いくらでも捧げたい。
「我らを救ってくれたあの小屋ですら、もう、その役目を果たすことができなくなったことを銀は嬉しく想っております。泰衡様を守り暖めるお役目は、どうぞこの銀のみにお与えくださいますよう」
「・・・・・・あきれた奴だ。小屋にまで妬くのか?どこまでが本気かわからぬな」
「泰衡様へ向けた言葉はすべて真実でございます」
す、と泰衡の手が銀にすくい取られる。
泰衡は引き止められるような形で立ち止まり、銀へ振り返る。
銀はその場へひざまづくと、泰衡の指へと口づけた。

「お慕いしております。心より・・・私のすべてはあなたのものです。ですからどうか・・・」

"私を愛してください"

銀の切なる希いが唇の熱を通して泰衡の心に伝わってくる。
返す言葉がみつからず絶句している泰衡に、銀は立ち上がるとふわりと微笑みかけ、その身を抱き寄せた。
ひゅうっ、と冷たい風が森を横切っていくが、銀のぬくもりに包まれた泰衡はもう寒さを感じない。
じわり、と胸にかかる重みが増していく幸せを銀は噛み締める。

身を寄り添い合わせることに新しい意味を見出した主従は、雪の舞う木立の中であってももう寒さに凍えることはない。
こうして銀に身をまかせることにいまだ抵抗はあるものの、そう望まれているならばと言い訳をつけて泰衡は瞳を閉じる。
そして、この穏やかな時が永劫に続くことを泰衡は祈った。

音もなく降り続く雪だけが、二人をやさしく包んでいった。


終わり

あとがき

銀泰で物語を紡ぐ―
すでに素敵な作家様方が珠玉の作品を世に公表されているところに、なにも自分が書かなくてもいいだろうと思ってました。
また、言葉の持つ力に、少々畏怖の念を抱いていたことも否めません。
けれど、一度思い切ってキーを叩きはじめてみたら、こんなに長くなってしまいました。
飽きっぽい私がここまでどっぷりと丁寧に銀泰創作に没頭できたということは、それだけこの奥州主従が好きなのだろうと思います。
高潔な主である泰衡と、従順な僕である銀が、どのようにして互いに惹かれていくのか。

なれそめを考えたとき、正直無理があるよなぁとか思っていました。
萌えるから問答無用でカップリング、というのではなく、マジメにこの二人の関係を見つめなおすことが今回のテーマでした。
うまくいったかどうか―それは読者の皆様ご自身のご判断にゆだねます。
この「はじまり」は一つの可能性。
また機会があれば、他の可能性=なれそめも妄想してみたいなぁとか思ってます。
頭に浮かぶ構図を文章にあらわしきれないもどかしさ、主従のキャラクターを裏切らない言動などに苦しめられつつも、書いててとても楽しかったです。
皆様にもお楽しみいただければこれ幸い。
長い間おつきあいいただきまして、ありがとうございました。

でぃっちー

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