Peanuts Kingdom 学園ヘヴン クラブ ドリーム ヘヴン

クラブ ドリーム ヘヴン Boy's Side

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遠藤和希
01.招待客
02.ハント
03. 社会見学

にぎやかな通りを一本入ると、不思議と落ち着いたレトロな小径が目の前にのびていた。
「ここだ」
オーナーが示す看板には「ドリーム・ヘヴン」の文字が。
重厚な木のドアをオーナーはためらうことなく押し開けた。
「いらっしゃいませ!」
まぶしい光と共に、明るい声が響く。
出迎えてくれたのは、蝶ネクタイもまだ初々しい、笑顔の印象的なベルボーイだった。
「おひさしぶりですよね」
彼とオーナーとは顔見知りらしい。
きちんと名前と顔をおぼえているあたり、さすがといったところか。
彼はオーナーの後ろに俺がいるのに気づくと、あ、と口をあけた。
「今日はお連れ様がいらっしゃるんですね」
「あぁ。俺の店で働いている。今日は社会見学でもさせてみようと思ってね」
「社会見学、ですか?うわぁ・・・じゃあ俺もちゃんとしないと」
「啓太はいつもちゃんとやってるだろう?和希さんも君のことをいつも褒めていたよ」
「えっ・・・あ、ありがとうございます」
啓太と呼ばれた彼は、ぽっと頬をあからめはにかんだ。
うーん、これはかなり、かわいいかも。
ここで働いているということは、いつかホストになるんだろうな。
となると、ライバル、ってことになるんだろう。
とはいえ、俺とはタイプが異なるから、客層がダブることはなさそうだけど。
「で、ご指名はどうなさいますか?」
「そうだな・・・少し厳しいほうがいいかな」
「厳しい・・・ですか?」
「あぁ。・・・中嶋、いるかな?」
「中嶋さん、ですか」
"中嶋" という名前をきいた瞬間、啓太の顔がこわばった。
オーナーの、妙に意味ありげな微笑もなんか気になる。
それに厳しいって・・・いったい中嶋さんてどんな人なんだろう?
「はい、大丈夫です。ではまずお席にご案内しますね」
固い笑顔のまま、啓太は俺たちを席まで案内してくれた。
あきらかに緊張している様子だ。というより、中嶋さんという人を怖がっているようにもみえる。
「では少々お待ちください」
啓太がそう言って立っていったあと、俺はいそいで隣のオーナーにたずねた。
「あの、中嶋さんて・・・どんな人なんですか?」
「うん?・・・まぁ、みればわかる」
「厳しい・・・ってどういう意味なんですか?」
「それも会ってみればわかるさ」
オーナーはフフフと意味ありげな笑みを浮かべ、おもむろにタバコに火をつけた。
もっていたライターを出し忘れたほど、俺はなんだか不気味な不安にかられていた。
・・・今おもえばそれは、本能が鳴らす警鐘だったのかもしれない。

「おまたせしました」
低く、凛とした声におもわずはっとして顔をあげると、そこには眼鏡をかけた長身の男が立っていた。
照明を背にして立っているものだから、逆光で顔がよくみえない。
それでも、チラ、と俺を見たその瞳がひどく冷たいものだったのは感じ取れた。
「呼び立てて悪かったな。紹介しよう。俺の店で働いている・・・」
オーナーが俺のことを紹介している声はきこえていても、
俺の目は彼――中嶋さんから離すことができなくなっていた。
彼はゆっくりと俺の隣に座ると、またチラ、と俺を見た。
「・・・中嶋だ」
おもむろに手をさしだされ、俺ははっと我にかえった。
「あっ、よろしくお願いします」
中嶋さんの手に触れた瞬間、その暖かさを意外だと感じてしまった。
ぎゅ、と握りこまれた手の大きさと、そのぬくもりと、
彼が俺を射抜く冷たい視線のギャップに、俺は少し混乱していた。

オーナーと中嶋さんが会話している間、俺はずっと中嶋さんを観察していた。
観察・・・するつもりはなかったのだけど、でもなぜか・・・やっぱり目が離せなくて。
冷たく思えた視線は、整いすぎた容貌のせいか、シルバーフレームの眼鏡のせいか。
やはりオーナーが指名するだけのことはある、知性の高い人であることは、返す言葉からも十分伝わってきた。
ウィスキーの水割りをつくる指も長くて形も綺麗で、動きも優雅。
ときおりみせるかすかな笑みが、驚くほど優しくみえたりして・・・俺は完全に惹き付けられていた。
オーナーに、
「さっきからぜんぜんしゃべらないな。そんな難しい会話をしてるわけでもないのに・・・さては、中嶋に惚れたか?」
なんていってからかわれてしまうのも無理はない。
俺は当然否定したけど・・・中嶋さんはそんなやりとりをきいていても無表情なのが少し怖かった。

「お取り込み中のところ、失礼します」
しばらくすると、オーナーの元に一枚のメモが渡された。
オーナーはそれをみるとニヤ、と笑った。
「うーん・・・すまないが、すこし中座させてもらうよ。あちらで王様が俺をお呼びのようなのでね」
「丹羽が?」
中嶋さんの表情がとたんに不機嫌なものになる。
「今夜、君を指名したのは彼なんでね。こいつの相手をお願いするよ」
オーナーはイヤとはいえなくなる笑顔を中嶋さんに向け、軽く手をあげる。
「えっ、お、オーナー・・・」
突然取り残されることに急に不安をおぼえた俺が腰を浮かせそうになると、オーナーはそれを手で制して、
「君はここでしっかり中嶋にいろいろ教えてもらうといい。君には足りないものを、彼はもっているからね」
と言い残して、さっさと行ってしまった。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
気まずい空気が流れる。
中嶋さんはあれからだまったきり、タバコの煙をくゆらせている。
俺はやることもなく、ただ、だまって膝の上に視線を落としているだけだった。
その均衡を破ったのは、中嶋さんだった。
「おい。おまえはホストなんだろう?なにか気のきいた話はできないのか」
「えっ」
「オーナーはおまえに期待しているようだが、どうやらそれはハズレのようだな」
「ちょっ・・・」
なにを?!とでかかった反論の言葉は、中嶋さんの一瞥でのど奥で凍り付いてしまった。
先刻まで、オーナーにむけていたものとはあきらかに違う、蔑むような瞳。
スッとのびた眉が意地悪くゆがむ。
「それとも俺に、なにかしてもらいたいと、期待しているのか。さっきから物欲しそうな瞳をしていたからな・・・
お利巧そうにみせて、中身は淫乱なことでいっぱいか」
「なっ・・・!」
かぁっと頭に血がのぼる。
いきなりこんな侮辱されるなんて、いったい自分が彼になにをしたというのか。
反論しようと口をあけた瞬間、中嶋さんの手が俺の口を覆った。
「大きな声を出すな。ここをどこだと思っている?動物園でも、防音設備のきいたホテルでもないぞ」
「っ!」
・・・おまえ、ずっと俺のことみていただろう?俺に構ってもらいたそうな瞳でな。
オーナーがあちらへ行ってしまって、希望通りになったんだ。もっとこの状況を楽しんだらどうだ?」
ゆっくりと体重をかけられ、腹筋がプルプルと震える。
でもどうしたって耐え切れなくて、俺はたまらずソファへと押し倒されてしまった。
「・・・ほぅ。みずから俺を誘うか。やはり淫乱なやつだな」
俺はあわてて体を起こすと、全身の力を瞳に集中させてギッと中嶋さんをにらみつけた。
「そっちがそうしたんだろ!俺はそんな誘ってなんかいない!」
「大きな声を出すなと言っている。・・・みながみているぞ。あのオーナーも、興味津々といったところか」
「えっ・・・」
「俺のような男が・・・と自分で言うのはなんだが、おまえもホストならいろんな客と接客する機会があるだろう。
あいつが言うには俺は "手ごわい" 男らしいからな。俺をどう扱うか・・・見ものといったところか。
もちろん、俺も簡単におまえごときにどうこうされるつもりはないが」
「・・・・・・」
少し厳しい方がいい・・・たしかにオーナーはそう言って中嶋さんを指名した。
だけどこれはあんまりだ。
こんな人・・・みたこともきいたこともない。
こんなに強引で、無茶苦茶で、失礼で、冷たい人なんか・・・
「俺は・・・・・・あんたなんか嫌いだ・・・!」
「・・・嫌い?そう思い込むのは結構だが、それでもおまえは俺に期待しているんだろう?
ここで泣けば、やさしくしてもらえるんじゃないかって」
こみあげてきた涙を必死でこらえていることすらも、そうやってバカにされる。
ここがオーナーに連れてきてもらった店でなければ、おもいきり殴ってやりたいくらいだ。
「あんたは・・・最低だ・・・!」
「その最低な男に、一度でも興味を示したおまえ自身はどうなんだ。
ホストたるもの、そいつがどんなやつなのか一目で見極められないのでは話にならない」
「っ・・・」
正論なだけに言い返せない悔しさに、目の奥がツンと熱くなる。
一瞬でもかっこいい、素敵な人だと思ってしまった自分が悔しい。
俺に今できることは、震える唇を噛みしめ、せめてこの視線からは逃げまいと必死でにらみかえすだけだった。
そんな俺をみて、中嶋さんはフ、と鼻で笑う。
「・・・いい瞳をするじゃないか。期待を裏切られた怒りに絶望しつつも、まだなにかにすがって虚勢をはろうとする。
・・・けなげだな」
中嶋さんは手にしたタバコをテーブルの上の灰皿にぎゅ、とおしつけた。
「・・・さて。これからどうする。そんな風に歯をくいしばっているだけではなんにもならないぞ。
頼みのオーナーはあちらで丹羽と楽しくやっているようだしな」
オーナー・・・なんだって俺にこんな・・・こんな人とどうしろっていうんだろう。
だいたい、こんな人がホストってこと自体どうかしてる。
この店のオーナーはなにを考えているのだろう。
それとも中嶋さんは俺だけにこんな態度なのだろうか。
「・・・中嶋さんは・・・」
必死に感情をおさえた声は、ひどくかすれていた。
「なんだ」
それとひきかえ、低くも頭の芯にまで響くような中嶋さんの声。
完全に威圧され、正直俺はもうその場から逃げ出したくなっていた。
だけど。
「中嶋さんは・・・どうしてそんな風なんですか」
「・・・・・・」
「どうしてそんな風に俺のこと・・・俺のこと嫌いなんですか?」
「・・・おまえは・・・さっきは俺のことを嫌いとか言っておきながら、
その嫌いなやつが自分をどう思っているのかを気にしているのか」
あきれたような声色に、ぎくりと体がこわばる。
また、ひどい言葉を言われるのかと、想像もつかない恐怖に小さくおびえる。
次の瞬間、スッと延びてきた中嶋さんの手が、俺のあごをつかんで無理やりそちらに向けた。
驚いて見開いた目に飛び込んできたのは、意地悪く光る二つの双眸。
「かわいがってやってもいい・・・おまえの心がけ次第だがな。はどうなんだ?俺に・・・かわいがって欲しいのか?」
ドキン、と心臓が大きくはねる。
あんなに酷いことを言われて、侮辱されて、馬鹿にされたのに。
でも、もしも・・・・・・と、期待が脳裏をかすめる。
だって、どうしたって・・・この高鳴る胸はごまかせない。
こんな風に見つめられて、触れた指先から力を吸い取られていくよう。
・・・いや、吸い取られていくのは力だけじゃない。
俺の心も。
「・・・・・・」
中嶋さんにあごをあずけたまま、全身から力が抜けていく。
それでも視線だけは、彼の視線から外すことはできない。
どうしたってこの人にはきっと・・・かなわないんだ。
「もう・・・ダメです・・・」
「なにがだ」
「・・・・・・」
「ちゃんと言うんだ。・・・おまえは俺に、どうして欲しいのか」
「・・・俺は・・・・・・」
もうなにもかも投げうってしまいたい、そう、思った瞬間、

「ギブ・アップか?」

「っ?!」

「・・・ちっ、ジャマがはいったか」

はっとして中嶋さんの後ろに目をやると、そこにはオーナーの姿が。
なにかモノ言いたげな顔で、俺達をみおろしていた。
「あーあ、やっぱりな。ウチの店ではNo.1人気を誇るでも、中嶋にはかなわなかったか」
「・・・絶妙のタイミング、ですね。姫を救いにきた王子を気取ったつもりですか」
「ああ。こいつはうちの大事な子なんでね。・・・でも、遅かったかな?」
オーナーはそう言ってちら、と俺に視線を戻す。
俺は、中嶋さんの手が離れたとたん、ふにゃふにゃとソファに崩れおちてしまっていた。
「うーん・・・こいつのこんなところ、みたことないぞ。ある意味いいものをみせてもらったかな?感謝するよ、中嶋」
「あなたの願望をかなえるためにこうしたわけじゃないんですけどね・・・まぁ、こちらも役得というところで、かまいませんよ」
感謝?役得?
なにがなんだかわからない言葉がぐるぐるまわっている。
俺、完全に会話についていけてない。
オーナーも中嶋さんも、なに考えてるんだかぜんぜんわからない。
「こら。いつまでそうして倒れてるつもりだ?そんなことしてると、中嶋でなくても襲われるぞ?」
オーナーにうながされて、俺はようやっと体を起こす。
バカなことを、と反論したいのに、安い酒を飲んだあとのように、体が重くて頭が痛い。
「本当に怖いやつだな。うちのNO.1をこうも簡単に手なづけてしまうとは」
「怖いのはどちらですか。自分でいうのもなんですが、猫を虎の前に差し出すようなまねをしたのはどちらでしたか?」
「自分が虎だという自覚はあるんだな」
「美味しいものかそうでないかの区別くらいはついてますよ」
猫だの、虎だの。
なんかもう本当に理解不能だ。
かすかに震える腕をのばして、テーブルに置かれたコップを手にしてあおる。
氷がとけて薄まっているとはいえ、それはウィスキーのグラスだったから、
のどがかぁっと熱くなってまた倒れそうになる。
「おっ・・・大丈夫か?」
オーナーがさしだした腕より先に、中嶋さんの腕が俺の体を抱きとめる。
さっきと同じ、中嶋さんのつけるトワレの香りに包まれると、
あんなに恐怖を感じた人なのに、不思議となぜかほっとした。
「・・・まったく危機回避能力の欠落したやつだな」
「まぁ・・・すこしは用心深くというか、ミステリアスな雰囲気も身につけて欲しくて今夜連れてきたんだが・・・
彼はこれでいいのかもしれないな」
「あなたの人選にミスはないでしょう・・・フッ、俺にとってもこいつはかなり上等な獲物だ」
上等な獲物って俺のこと・・・?
オーナーといい中嶋さんといい、俺をなんだと思ってるんだ!
頭のどこかでそう憤りつつも、俺の体を包む中嶋さんの腕が・・・心地よくて。
いつか突き放されてしまうかもしれないその時におびえながらも俺は、目を、閉じた。
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