Peanuts Kingdom 学園ヘヴン クラブ ドリーム ヘヴン

クラブ ドリーム ヘヴン Boy's Side

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遠藤和希
01.招待客
02.ハント
02.empty

オイルの切れた機械のような身体を伸ばしてみると、
ギ、ギ、ギ、とここそこの関節がきしんでいるような気がする。
伸びきった筋肉を一気に弛緩させて、どっとソファに身を沈めると、
プッ、と王様が噴出すのがきこえた。
「どうした。ずいぶん疲れてるみてーじゃねーか」
「ん、んー・・・そうなのかな」
疲れてる、自覚はある。
でも、なにに疲れてるのかはよくわからない。
仕事もプライベートもそこそこ充実してて、
とくに不満があるわけでも、ストレスを感じてるわけでもないのに、
でも、なぜだか身体が重くて。
そんなときはさっさと家に帰って、暑めのシャワーを浴びたあとはよく冷えたビールを飲んで。
ここちよくなったところでベッドに倒れるにかぎる。
そう、思っていたはずなのに、今夜は気づいたらこの店に足が向かっていた。
ちら、と横目で隣の男をみやる。

王様――丹羽哲也。
このクラブの一番人気ホスト。
しっかり描かれた眉と、男らしい輪郭、がっしりとした体躯と、
意外にも細やかな気遣いと、優しい瞳が魅力的な人。
体育会系っぽく豪快に笑っているかと思えば、
次の瞬間には夜の男の色香を放つ。
この人はかっこいい・・・そう、思う。

「あーあ・・・うちの会社に王様がいてくれたらいいのに」
ソファに身を沈めたままぽつりとつぶやいてみる。
王様は一瞬、はぁ?という顔をしたが、すぐそれは優しい微笑にかわった。
「なんだ、会社でなにかいやなことでもあったのか?」
「いいや。別になにも。別になにもないから・・・つまらない」
「なんだそりゃ。会社なんてのはそんなものなんじゃないのか。
毎日おもしろくてたまらないって奴の方が珍しいだろ」
王様はそう言って、手にしたグラスのウィスキーをかたむける。
カラン、と氷がグラスの中でまわって、王様の眉間にしわが寄る。
「・・・王様も、つまらない?」
「あ?俺?いや、俺は毎日、楽しくしてるぜー。こうして酒飲んで、好きなことしゃべって。
たまにこうしてにも会えるからな」
王様はそう言って手を伸ばすと、俺の髪をくしゃとなでた。
どきり、と鼓動が一つ。
触れられた箇所からむずがゆいような感覚がひろがっていく。
離れていく手にせつなさを感じてしまう。
「・・・ずるい」
「なにが」
「王様ばっか、楽しんで」
「ん?じゃ、もホストになるか?」
「いやですよ。俺は王様みたく誰にでも愛想よくなんてできませんから」
だって俺は、王様としか話したくないから。

王様にとって、俺はたまに来る客。
数多い指名客のうちの一人に過ぎない。
でも、俺にとって王様はただ一人の人。
この店で、指名したいって思う・・・いや、できることなら、ずっとそばにいたいって思う、ただ一人の人だから。

「ね、王様、俺、手相みることができるんですよ。ちょっとみてあげましょうか」
そう言って、俺は有無をいわさず王様の手をとる。
王様は、
、それ、ホステスの手を握ろうとする男と一緒だぞ」
と言って笑いつつも素直に手をひらいてくれた。
俺より、一回りも大きな手のひら。
学生の頃からさまざまなスポーツや格闘技までこなしてきたという王様の手は、
あちこちに豆ができてて、表面も少し固くなっていた。
くるりとひっくり返すと、無骨な手のひらとは反対に、綺麗に整えられた爪と、きめこまかな肌があらわれた。
「・・・なにこれ、女の手みたい」
「あぁ?あー、これはだな、人と接する職業をもつ者としてのたしなみだ」
「えー・・・じゃ、ハンドクリームとか塗っちゃってるわけ」
「おぅ・・・そういうのダメなのか?」
不意に顔をのぞきこまれて、俺は反射的に王様の手を放り出した。
そして、彼に顔をみられないようそむけ、テーブルの上に置きっぱなしだったウィスキーに手を伸ばした。
口の中に広がるウィスキーの苦味。
今夜に限ってちっともうまく感じない。
さっきの王様と同じように顔をしかめてグラスの中をにらむ。
「なんだぁ、ずいぶんと今日はご機嫌ナナメじゃないか。やっぱり疲れてるんじゃないのか」
「王様が俺を不機嫌にさせるんですよ」
・・・あぁ、ダメだ、俺。
これは八つ当たり。言ってしまってから気づいても、もう遅い。
「俺が?いったい俺がなにをしたっていうんだよ」
王様の声音がすこし重く感じる。
俺はそれを振り払うかのように強く否定する。
「なにも!・・・なにもしてないですよ」
「なのに俺のせいなのか?」
「っ・・・そうですよ・・・」

なんでだろう。今夜はやけに腹立たしい。
考えがイヤな方向にどんどんいってしまう。
王様が、俺とこうして一緒にいるのも、手を綺麗にしてるのも、
みんなただ "王様がホストとしての仕事を楽しんでいるから"
そう思うと・・・切ない。
その手は誰のためにある?
その瞳は誰に向けられている?
せめて俺と一緒にいるときは、俺だけを見つめていて欲しい。
ただ俺は、王様といるこの時間を存分に堪能したいだけなのに。

「おい、こら」
「っ?!」
頬を両手ではさまれて、グイッと強引に王様の方を向けさせられる。
驚いて見開いた目に、王様の強い視線が突き刺さった。
「ここまで来ておいて一人でクサるな。なんのために俺がここにいると思ってるんだ」
キツい口調に、俺の心臓は氷で冷やされたようにきゅっと縮こまった。
しかし、次の瞬間、王様はふわりと微笑んだ。
「そんな顔をして・・・言ってみろよ。俺に、どうして欲しいんだ?」
やさしいささやきが耳をくすぐった。
「お、れ・・・は・・・」
かああっと頭に血がのぼっていく。
本当に・・・本当に王様はズルい。
こんなに俺のことグラグラさせて、もう、どんな顔をしてるのか自分でもわからない。
怒っていたはずなのに、王様にそんな風に微笑みかけられたら俺・・・
かああっと頭に血がのぼってしまって、きっと、王様の手からも俺の顔が熱くなってしまっているのが伝わっているだろう。
王様はニ、と目を細めた。
「こうして欲しかったのか」
「ちっ、ちがっ・・・」
俺の心を見透かしたかのような言葉に、あわてて否定したけれど。
「いいぜ?・・・しかたないやつだな。今夜は甘えにきたんだろ?
さっきから、なに話すでもない、なにかもてあましてる風にみえたから、
どうしたかと思っていたんだが・・・そんな簡単なことだったのか」
「っ・・・!」
図星をさされすぎて、もうなにもこたえられない。
言葉を失う俺に、王様はクック、とのどの奥で笑った。
ゆっくりと王様の顔が近づいてきて、コツン、と額に額をつけられた。
「おまえ、もっと店に顔出せよ・・・この仕事が楽しいって言ったが、がいなけりゃ楽しさも半減だ」
ふわ、と王様が身につけたトワレの香りがした。
王様の手と、額から伝わる熱が、俺の身体をじんわりと熱くする。

――これ、か。
俺に足りなかったのは、これだったのか。

俺は、知らぬ間にひとりごちっていたのだろうか。
王様はフ、と笑うと、
「今夜は、存分に補充していけ。俺もを、補充させてもらうぜ?」
と、もう一度、俺の髪をくしゃ、となでた。
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