Peanuts Kingdom 学園ヘヴン クラブ ドリーム ヘヴン

クラブ ドリーム ヘヴン Girl's Side

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02.Crying Lady

私は、泣かされるのは嫌だった。
仕事で辛いことがあっても、
恋人に裏切られても、
そんなことは泣くほどのことではないと、そう、思いたかったから。

「ご指名、ありがとうございます、お姫さま」
ガラにもないセリフを口にしながら、王様が現れる。
いかにも体育会系な人なのに、こうしてたまにロマンチストなことを口にする。
そのへんが、こんなに男らしい人なのにかわいい、なんて思わせる彼の魅力なのだろう。
王様は私の隣に座ると、ふと、視線をおろした。
「そのネイル、俺が好きだといった色に染めてきてくれたんだな」
王様の言葉に、両手の指を顔の前で合わせてみる。
パールの入ったピンクのネイル。
やわらかなオレンジの照明に反射して、きらきら光る。
「どうかな・・・たまたま私が好きな色が、王様も好きだったってだけかも?」
「つれねーな。ここはウソでもそうだと言ってほしかったぜ」
王様はそう言って苦笑する。
あぁ・・・この表情。
少し、困った風な表情が、いつも明るい王様に影をつくる。
男の魅力を増してみせる。
いつも自信まんまんで、太陽のように熱く、強い人。
私にはすこしまぶしすぎるかもしれない。
だからつい、王様を困らせるようなことをしてみたくなるのかもしれない。
こんなとこまで素直じゃないなと、自分の性に内心あきれる。

「最近どうしてたんだ?しばらく顔みせなかったじゃねーか。
具合でも悪くしてるんじゃないかって心配してたんだぜ?」
カラカラとグラスの中の氷をかきまぜながら王様がたずねてくる。
ほらよ、と手渡されたグラスからは、ぱちぱちとソーダの泡がはじけ出ていた。
「それとも、もう俺のことなんか忘れちまったとか、俺と一緒にいても、つまんねーとか?」
「そんな風に思ってるなら、指名なんかするわけないじゃない」
「ははは、そりゃそうだ!じゃあ、まずは再会を祝して乾杯といくか?」
王様の手にしたグラスに、自分のグラスをチン、と軽く合わせる。
「乾杯」
王様はニッ、と笑うと、そのままくいっと一気飲みしてしまった。
「いい飲みっぷりね」
あきれ半分、皮肉半分でそう言うと、王様はまた苦笑を浮かべた。
「ちょっと緊張して、のど乾いてんだよ」
「えぇ?なんで緊張するの?」
「そりゃおまえ ・・・久しぶりにと会ったからに決まってんだろ」
「っ・・・」
王様の強い視線に射抜かれ、思わず絶句してしまう。
王様はフッ、と笑うと、空のグラスにボトルのジンを注ぎはじめた。
いつもより少し早く鼓動する心臓の音がやけに耳につく。
「そんなことで、王様が緊張?冗談でしょ」
「あぁ?なんだ、疑うのか?」
王様は一口、新しく注がれたジンを飲むと、グラスをテーブルに置いた。
「手、だしてみろよ」
「?」
王様は私の方にむきなおると、急にそんなことを言い出した。
いったいなんのことかと、思わず手を出すと、その手が不意に、王様の方へと引き寄せられた。
「わっ・・・?!」
王様に握られたその手は、彼の胸元へとおさえつけられている。
手のひらから王様の体温を感じてしまい、それが伝わったかのように頬が熱くなった。
反射的に手を引こうとしたけど、王様にしっかり握られてしまって動かない。
「まぁ、待てよ。ほら、ちゃんと確かめてみろって」
じたじたする私をなだめるように、優しい声が頭の上から響く。
「えっ?」
「俺の心臓。どきどきいってるのがわかるだろ?」
「えっ・・・あ・・・・・・」
トク、トク、と鼓動が手のひらから伝わってくる。
王様の心臓が一つ鼓動を打つたびに、王様の熱い体温も流れ込んでくる。
熱い・・・・・・
「・・・俺のためにネイルの色を選んできてくれたんだって、
そう思い込みたい男心、ちゃんと伝わったか?」
赤面して震えそうにすらなっている私をなだめるかのように、王様は少しおどけてみせる。
私は笑おうとしたけど、かすかに笑みを浮かべるので精一杯。
・・・もう、放して欲しい・・・・・・
王様の熱は、私には熱すぎる・・・・・・

ようやっと解放されたときには、もうため息をつかずにはいられなかった。
そんな私をみて、王様はかるく微笑った。
の気を引くのに、俺も結構必死なんだぜ?
王様たるもの、そういうところはなるべくみせねーようにしてるんだけどよ。おまえだけは・・・特別だ」

おまえだけは特別・・・
最上級の甘い言葉。
ここはホストクラブで、彼はホストなのだとわかってはいても、
王様の言葉が放つ芳香に酔ってしまいそうになる。

「なんで、私だけは別なの?」
"特別" という言葉をあえてつかわず、王様にたずねる。
すると王様の笑みに、ますます甘みが増した。
が俺にそうさせるんだよ。おまえ、結構 "がんばる" とこ、あるからな。
他のやつらにはどう見えてるか知らねぇが、俺からみれば、おまえ、ずいぶん可愛い女だぜ」
面とむかってそんな風に口説かれれば、いやでも頬が熱くなる。
"がんばってる" 私が、"可愛い" なんて、
王様でなかったらバカにされてると受け取ってしまうかもしれない。
でも王様に言われるのは、不思議とまったくいやな気持ちにならない。
彼のことを可愛い、と思っていたのは私のほうだったはずなのに。
「私・・・がんばってるようにみえる?」
「あぁ。すくなくとも俺にはそうみえるな。
本当はものすごく感じやすいのに、それを隠そうとしてる、そうじゃねーか?」
と、王様はじっと私を見つめる。

王様の瞳はまっすぐ私の奥まではいりこんでくる。
奥深い、やわらかなところまで触れられてしまいそうで、怖い。
見ないで・・・触らないで・・・心が小さく悲鳴をあげる。

フ、と王様が視線をそらした。
軽く眉間にシワを寄せて、口元だけで笑う。
「・・・悪ぃ。そんなおびえさせるつもりはなかったんだけどよ」
「えっ」
王様は私に向き直ると、少し、寂しげな笑みを浮かべた。
「図星をさしちまった・・・んだろ?人には誰でも触れられたくない場所がある。
はすごく繊細な心をもっている。だから、他人には触れられない場所に隠している。
それを悪いとは言わねえよ。誰もがもっている、テリトリーってやつだからな。
だけどな、ここに来たら、俺の前ではもっとリラックスしてくれてかまわねーんだぜ?」
「王様・・・」
王様の手が、ゆっくりさしのばされ、私の頭の上に置かれた。
大きくて暖かな手が、そうっと頭をなでていく。
それは、とても心地よくて・・・どきどき、して。
体中の力が抜けて、自分で自分の体を支えていられなくなる。
「もう少しだけでいい。俺のこと信じてみろよ。
せっかくこうして出会えたんだ。この出会いを、もっと大切にしていかないか?俺と、さ」
「・・・・・・」

王様の暖かな気持ちが、やさしい言葉にのって伝わってくる。
黒曜石の瞳には、泣きそうな私の顔がうつっていた。

私は人に泣かされるのは嫌いだった。
どんなに辛いことがあっても、悲しいことがあっても、
たいしたことじゃないと思いこんで、けして泣くまいと誓った。
傷だらけの心が痛まないように。
流れ出続ける血が、いつか止まる日をひたすら待ち続けて。

涙が、こぼれた。

「泣きたいときは、ここに来い。俺がいつでも胸を貸してやる」
そうささやく王様の腕の中で、私は久しぶりに人前で泣いた。
胸が痛くて、のどが痛くて、頭も痛くて。
痛くて、痛くて、たまらない。
けれど、背中にまわされた王様の腕は、頭をなでてくれる手は、
暖かかった。
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