02.危険なスウィーツ
その人は一際目をひく容貌をしていた。
すらりとした背の高い体躯に、夜色のスーツによく映える銀の髪。
染めているのかと思ったら、
「天然です」
と微笑んだ。
その目元を飾る、小さな泣きボクロは、
硬質な印象をうける彼に、ちょっとした遊び心を加えていた。
「はい、どうぞ。ストロベリーフィズです」
「・・・また甘いカクテルなのね」
彼がすすめるカクテルはたいてい甘い。
私も甘いのは嫌いではないけれど、こないだはバナナ、その前はピーチ、その前は・・・
「僕がおいしいと思うのは、こういった甘いカクテルなもので。君はあまりお好きではなかったですか?」
「ううん、嫌いじゃないけど、でもなんだか七条さんが甘いもの好きってちょっと不思議な感じがして・・・」
「そうですか?僕の外見にみあった好みだと思いますけど」
「っ・・・そ、そう?」
一瞬、どこが?!とつっこみそうになったけれど、そこはぐっとこらえて目の前の不思議な人をみつめる。
七条さんは嬉しそうに次のカクテルをつくりはじめる。
「最近寒くなってきたから、ホットカクテルにもチャレンジしてみようと思ってるんですよ。
たとえばココアとか使ったものとかおいしそうだと思いませんか?」
「たしかにおいしそうだけど・・・」
ココアかと思って飲んでみたらアルコールがしこまれてましたって・・・なんだかそれってちょっとアブナイ感じ。
このストロベリーフィズだって、一見ストロベリーシェイクにみえちゃうし。
飲んでみるとリキュールが効いててけっこうな度数な気がする。
「七条さんはお酒に強いの?」
「強いかどうかはわかりませんが・・・嫌いではありませんね」
「甘いものは?」
「大好きです」
「っ・・・そ、そっか」
"大好きです" といったその顔が、あまりに幸せそうな笑顔だったものだから、
一瞬返す言葉を失ってしまったわ・・・
「う〜ん、お酒も飲むけど甘いものも好き、か・・・いかにも女の子受けしそう」
「そうなんですか?も、僕みたいな男がタイプですか?」
「えっ」
いきなりそんなド直球?!
驚いて言葉も出ない私に、七条さんはにこにこしながら言葉を続ける。
「だって。こうして指名してくれるってことは、少なからず僕に好意を抱いてくれてるってことでしょう?」
そ、そういうこと、本人を前にして言うか〜っ?!
まったく遠慮のかけらもない、まるで子供のような七条さんに、あっけにとられる。
そんな私に、七条さんはクス、と笑って、
「冗談です」
といってにっこりと笑みを浮かべた。
「っ・・・も、も〜っ」
あまり冗談を言うようにみえないから、どこからどこまでが冗談なのか本当にわからない。
だからつい・・・本気になってしまいそうになる危うい魅力がこの人にはある。
それこそまるで、アルコールをしこまれたココアのように、甘くて危ない誘惑。
「七条さん、そうやって女の子をからかってばかりいると、そのうち嫌われちゃうよ!」
一発ガツンと返してやりたくてそんな意地悪を言うと、
彼は早速悲しげな顔をしてみせる。
「そんなこと言わないでください。に嫌われたら、僕は死んでしまいます」
「いっ?!」
またそんな極端な発言を!
「またそんな冗談・・・!」
「冗談なんかじゃありません。僕は寂しがり屋ですから。がかまってくれないと・・・」
七条さんの手が、そっと私の手に触れる。
思いのほか温かな七条さんの手のぬくもりに、私の右手が包まれる。
まっすぐみつめてくる瞳はすこし、かげりをおびているようにみえて、どきりとさせる。
「孤独に絶望して死んじゃいますから」
「ちょ・・・し、七条さん・・・っ?」
私の手を握り締めて、そんなすがるような瞳で見上げられてしまっては・・・
かわいい、だなんて、母性本能をくすぐられてしまう。
とんでもないことを言ってみて、相手がどこまで自分をうけいれてくれるかはかろうとするズルい人。
そう、わかっているのに。
「し、死んじゃうだなんて・・・そんなこと簡単に口にしちゃダメでしょ!・・・女性口説くのにそんな言葉使うのは卑怯だわ」
「卑怯、ですか?」
七条さんはきょとんとしてききかえす。
「本当のことなのに」
「〜っ、七条さん!」
本当に、まるで子供のワガママのような七条さん。
そうそう、あなたの思うとおりにはなりませんよ!と、少し怒ったフリをしてきつくにらむ。
すると、七条さんの瞳が、すっと細められた。
「・・・冗談です・・・と言えればいいんですけどね」
「えっ・・・」
七条さんは私の手を額に押し当て、その長いまつげをふせた。
さらりと前髪が手の甲をかすめ、手よりも冷たい肌が押し付けられる。
「僕が好きだと思うものを、も好きになってくれたらいい・・・
そしたら僕はいくらでもに、好きなものをあげられるのに・・・」
「・・・・・・」
祈りにも似た七条さんの行動に、私は再び言葉を失った。
七条さんは顔をあげるとにこりとしたけど、その微笑はどこか寂しそうにみえた。
握り締めて放そうとしない手が、彼の真意を現しているような。
寂しがり屋で、冗談好きで、自分の気のおもむくままに、相手の心をかきみだす、七条さん。
「・・・もしかして、今、ものすごーく甘えてる?七条さん」
そうたずねると、七条さんは、
「はい。僕は甘いものも、甘いも大好きなんです」
といって嬉しそうに微笑んだ。
アルコールがしこまれた甘くて危険なスウィーツのような人。
私の心をとらえて放さない・・・
軽く酔ってしまうのも無理はない?
おおげさにわざとため息をついてみせると、七条さんは「フフ」と意味深に笑った。
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